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小説家・夏原エヰジさんが尾田栄一郎さんの『ONE PIECE』に学んだ理想

1997年12月に発売された尾田栄一郎『ONE PIECE』(ジャンプコミックス、集英社)第1巻

 このエッセー連載の依頼を受けてから、正直、最も悩まされたテーマが「書籍」だった。
 所有するマンガコレクションの中から選ぼうというのはすぐに決まったものの、なにぶん数が多い。一体どの作品にしたものか?
 電子の本棚とリアルの本棚を見比べ、ああでもないこうでもないと散々迷いに迷いまくった末に選んだのは――結局と言うべきか――尾田栄一郎作『ONE PIECE』、であった(ちなみに他の最終候補に挙がっていたのは沙村広明作『幻想ギネコクラシー』と真鍋昌平作『闇金ウシジマくん』)。

 言わずと知れすぎていてもはや説明不要、王道中の王道マンガ。国民的、いや世界的な作品である。……この夏原とかいう作家、こんな王道を挙げるなんてつまんねー奴だな、ぷぷw そう思った方もいることだろう。
 笑いたきゃ笑ってくれ。
 いーじゃん、王道。だって面白いじゃん。開き直ったついでに文体もラフにしてしまおう。

 私は、幼い頃から世の流行に乗るのはダサかろうと考え、変態チックなものばかり好むクソガキだった。30代になった今もその点はあまり変わっていない。『アナと雪の女王』は上映から10年後にやっと観たくらいで、周りから早く読めと急かされまくっている『呪術廻戦』は積ん読にしたまま1ページも読めていない。
 でも、なぜだか『ONE PIECE』だけは、小学生の時分から今に至るまで真面目に追い続けている。
 ……これは天邪鬼な自分に対する言い訳なのだが、最初に『ONE PIECE』を買い与えてくれたのは父親だった。
 たしか小学校4年生くらいの頃だったと思う。
「お父さんの昼ご飯代がこれになったんやぞ!!」
 という謎の脅し文句(だったら買わなくてもと思うが)とともに1巻を渡されたとあっては、子ども心に申し訳なくて読むしかなかった。まして「面白かったか? 2巻も買ってきてやろか?」と聞かれれば、いらないとは言えなくなるではないか。私は昔からファザコンなのだ。なお、どうして父が『ONE PIECE』を買ってやろうと思ったのかは不明である。
 そうこうしているうちに巻数はどんどんと増えていき、いつしか自分でマンガを買う年齢になっていたが、何年経っても物語はさらに続く。こうなると意地でも最後まで見届けてやるという闘争心みたいなものが生まれてくる。
 かくして現在、108巻である。
 もう一度言う。

 108巻!!! である。

 いやあオトンよ、プレゼントしてくれるならもっと短いやつにしてほしかったわ。床抜けるってマジ。そしてこの文章を読まれることはないだろうから言うが、尾田先生、もう勘弁してくれませんかねー。

 とまあ、「仕方なく読み始めた」アピールは痛くなってきたのでここまでにしておこう。自分は流行りものが嫌いなんだ(ドヤ顔)とか、人とはちょっと違っていると思いたいって、ほら、誰にでもあることじゃん?
 けれど素直に自己分析するならば、私は変わり者でも何でもない、単に変わり種も好むというだけの凡人である。それに王道を知っておくことは、創作において必要不可欠なことでもある。王道を知らなければカタルシスの何たるかを知ることもできない。あえて外す、という芸当もできない。だから声を大にして言おう。
『ONE PIECE』は最高だ! と。

 この作品に数多ある名シーンの中で、私が折に触れて思い出すのは第57巻、マリンフォード頂上戦争での一場面だ。
 海賊と海軍、海軍公認の海賊である七武海。力と力、意地と意地が激しくぶつかりあうさなか、七武海の一人であるドフラミンゴが声高に叫ぶ。

「海賊が悪!!? 海軍が正義!!? 
そんなものはいくらでも塗り替えられてきた…!!! (中略)
正義は勝つって!? そりゃあそうだろ
勝者だけが 正義だ!!!!」

 このセリフを読んで、どきりとした。
 よく、「善」と「悪」って何だろうと考える。正義の中身は時代とともに変わる。人によっても変わる。戦争においては勝者こそが善であり、敗者は悪に成り下がる。英雄とはより多くを屠った者の名称だ。
 私は常々、もし地球が滅びるなら人間なんかより犬猫に生き残ってほしいと思っているのだが(色んな方面から叱られそうだ)、そう思うのは、人間がもっともらしく唱える「善悪」やら「正義」といったものがあまりに曖昧で、自己中心的で、バカみてぇと感じてしまうからだ。もし地球上の人間がみな本気で平和を望めば、きっと叶うだろう。差別も、環境問題もなくなるだろう。けれどもそうはならない。せっかく知恵と技術があっても、たぶん宇宙人が戦争を仕掛けてこない限り、地球人が本当の意味で一致団結することはない。
 勝者だけが正義――実に芯を食った言葉である。尾田先生、やっぱリスペクトっすわ。
 ひょっとしたら尾田先生も、「王道」と言われることに辟易していたりするんだろうか。王道パターンとか、王道の展開とか、王道という言葉は、最近じゃ「フツー」という意味で使われがちだから。
 それでも私は、やっぱり、王道に惹かれてしまう。どれだけ変わり種に傾倒していても、最後に戻ってくるのは王道ものだ。

 正義は曖昧。ドフラミンゴの言うとおり。でも、だからこそ、不変不滅の正義というものも存在すると信じたい。『ONE PIECE』はいつだってその理想を思い出させてくれる。
 人間もそこまで悪くはないぞ、と。