1. HOME
  2. 書評
  3. 「口の立つやつが勝つってことでいいのか」書評 弱さとは世界に敏感になること

「口の立つやつが勝つってことでいいのか」書評 弱さとは世界に敏感になること

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月16日
口の立つやつが勝つってことでいいのか 著者:頭木弘樹 出版社:青土社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784791775996
発売⽇: 2024/02/14
サイズ: 19cm/269p

「口の立つやつが勝つってことでいいのか」 [著]頭木弘樹

 何かしらざわざわ騒ぐ春のこころに、差し出されたようなエッセー集だ。タイトルに思い当たることがあれば、なおさらである。
 ゆったり文字の組まれた本の顔つきはやわらかく、全編を通して伝えること、生きていくことのままならなさが切実につづられている。ただし四隅のねじはゆるみなく、著者は理詰めで社会を俯瞰(ふかん)している。
 記者としての自分は、「うまく言えないことの中にこそ、真実がある」という始まりから、うなだれてしまった。「言葉にできない人のほうが魅力的」と続いて、もう降参だ。
 言葉にしないと始まらないのが記者。聞いて書くことで、かろうじて世の中に立たせてもらってきた。言葉を持っている人に出会った日、わいてくる幸せよ。なのに「言語化できないことがある」と語る著者に、圧倒的な説得力がある。
 「能力が正当に評価されないのは、いいことではない」が、「能力の高さだけで人が評価されるのは、本当はおかしい」との指摘もけっこうこたえた。人を見た目で判断してしまうときと同じように、そこに「ためらい」がほしいと。
 次々繰り出される「それは当たり前?」という投げかけに、記者の自分はこてんぱん。ところがもうひとり、素の自分が起きだして、安堵(あんど)している。
 著者は20歳で難病を発症し、入退院を繰り返す生活を13年続けた。交代のない病人という時間を文学に救われて、とりわけカフカの見事な後ろ向き思考を身近にした。筋金入りと言ってもいいかもしれない。
 アリクイの映像を見て、食べられるアリに肩入れする。もう嫌だと投げ出す人の姿に美しさを見る。「弱さとは、より敏感に世界を感じることでもある」ときっぱり記す。
 音読してしまったくだりが「その水になじめない魚だけが、その水について考えつづける」。新しい季節に押し出されていく自分への、はなむけとしたい。
    ◇
かしらぎ・ひろき 文学紹介者。著書に『絶望読書』『カフカはなぜ自殺しなかったのか?』『自分疲れ』など。