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「経済学オンチのための現代経済学講義」書評 「積極的・謙虚に」学者自ら苦言

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月06日
経済学オンチのための現代経済学講義 (単行本 --) 著者:ダイアン・コイル 出版社:筑摩書房 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784480864826
発売⽇: 2024/01/24
サイズ: 18.8×2.2cm/320p

「経済学オンチのための現代経済学講義」 [著]ダイアン・コイル

 本書は、データに基づいて経済学の知見を活用すれば、社会問題はいとも簡単に解決しますとうたう類いのものではない。むしろ、経済学の政策などへの関与が一筋縄にはいかない事例が列挙されており、現代経済学を覆う楽観的な展望に対して著者は手厳しい。経済学者自身による経済学への「憂学(ゆうがく)」の書といえる。
 いわく、経済学者は、自分たちを完全な観察者とみなす傾向があり、その見方自体が社会に影響を及ぼしていることに無自覚な傾向がある。いわく、実際には規範的な議論を避けて通れないのに、価値判断からは距離を置き、実証的な洞察ばかりを偏重する、等々。
 「政治家が実行できない政策を立案するようでは、経済分析には根本的な不備がある」とのくだりには、同じ経済学者、そして公共政策を研究してきた身として苦笑せざるを得ない。
 特に、現代経済学が、デジタル化が進む経済を十分に分析しきれていないことへの著者の懸念は大きい。ITプラットフォーム企業などの活動は、ユーザーが多ければ多いほど利便性が増す「外部性」という性質に依存し、「収穫逓増」を示す局面もまれではないからだ。これらは、従来の経済学の教科書では、どちらかといえば例外として扱われてきた。
 ただ、これらの課題は、現代経済学でも認識され、いまや主要なテーマとして取り組まれてきている。著者が言いたいのは、それらの取り組みがまだ十分には成功していないということなのだろう。
 とはいえ、現代経済学に苦言を呈しながらも、経済学に取って代わる学問もないと著者が信じていることは、それらの苦言が、逐一、経済学の研究論文を論拠としていることからもうかがえる。
 経済学者が、積極的かつ謙虚に世界と関わるべきだとの著者の願いが本書を貫いている。経済学通にこそ読まれるべき、含蓄に富む一冊だ。
    ◇
Diane Coyle 英国の経済学者、ジャーナリスト。ケンブリッジ大学教授。著書に『GDP』『ソウルフルな経済学』など。