2022年4月の連載開始から、毎月第1週、都道府県を一つずつ選び、地元ゆかりの文学作品を紹介してきた。取り上げた作品は古典から最新作まで、ジャンルも紀行文、純文学、時代小説、ライトノベルなど幅広い。斎藤さんによると「どの地方も紹介したい名作佳作が多すぎて、毎回6、7作に絞るのが難しい」という。
初回の静岡編を例にとり、選書基準を解説した。「まず、これを入れなかったら地元の方たちが怒るな、という鉄板作品が必ずあります。静岡なら、熱海に貫一お宮の像がある『金色夜叉』(尾崎紅葉)や『伊豆の踊子(おどりこ)』(川端康成)。伊豆では『しろばんば』(井上靖)も外せない。あとは、毎回ご当地成分が高くてクオリティーが高いものを、時代やジャンルが偏らないように選んでいきます」
斎藤さんは、すべての都道府県を訪れた経験がある。気付いたのは、旅と読書の相性の良さだ。「旅をした後にその土地ゆかりの本を読むと、空気感や地名に覚えがあるから不思議なほどクリアに読める。旅と読書はワンセット」だという。
たとえば岐阜編で取り上げた『夜明け前』(島崎藤村)はそれまでに何度も途中で挫折していたが、木曽路を旅した後は「体感として地勢を理解したせいか、するする読了できました」と明かした。
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トークイベントは、クイズもはさみながら進んだ。
Q:連載で取り上げていないジャンルは?
A:トラベルミステリーとご当地戦国大名もの。いずれもどこの都道府県にもあり、これらに頼るとどの県も似てしまう。
斎藤さんは「本の中では日本中至る所で、殺人事件が起こっている。鳥取砂丘なんて10人以上殺されているかも」と、会場の笑いを誘った。
連載を通じ、繰り返し登場する物語の型があると気付いたともいう。
「多いのは、都会から転居してきた子どもや若者が未知との遭遇をして、新しい世界を広げていくパターン。たとえば鳥取編の『妖怪大戦争』(荒俣宏)や、岡山編の『バッテリー』(あさのあつこ)はそうですね。掘り出し物が多いのは地場産業もの。やはり鳥取編の『TATARA』(松本薫)は、たたら製鉄がテーマで、地元在住作家が地元の出版社から出しています」
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イベントの後半では、参加者からの質問にも答えた。
候補となる本をどう探しているのかという質問には、記憶と検索のほか、各地の地元図書館をチェックしていると話した。「地元出身の作家はどこも大事にしていて、情報を集めていることが多い」
本を選んだはいいものの、途中で読むのをやめることはないのかという質問には、「放り出すのは、もったいない!」と力を込めた。
「長編だと最初の1~2割はつまらないことも多い。でも我慢して読んでいると加速がついて後半はぐっと面白くなる。最後まで読んで、序盤の伏線の意味がはじめて分かるんですね。ネットのレビューで『あまりにつまらなくて途中で読むのやめた』というのを読むと、『そんなら書くなよ、わかってないな』と思いますね」と話した。
「その土地にはその土地だけの作品があるはず」という斎藤さん。イベントの最後は、今後取り上げる地域の話で締めくくった。
「東日本大震災の被災地は、まだ新しい文学が出てくる可能性があるので後半にとっておきました。東京や神奈川、京阪神は、とにかく作品が多いので悩ましいけれど、それぞれの土地の雰囲気が伝わるような作品を探して紹介したいです」(木村尚貴)=朝日新聞2024年4月6日掲載