ISBN: 9784065345986
発売⽇: 2024/02/15
サイズ: 13×18.8cm/312p
「〈序文〉の戦略」 [著]松尾大
著述家を震撼(しんかん)せしめ、読者には読書の醍醐(だいご)味を教える書である。古今東西の文学作品の「序文」で、著者やその代理人らが読者にいかなる説得を行っているか、理論的根拠をもとに分析する。第Ⅰ部でその根拠の内容を説き、第Ⅱ部では文学が攻撃される訴因別に実例を紹介している。
古代ギリシャで生まれ、法廷を模した伝統レトリックは、発想、配置、修辞、記憶、発表の五つから成る。本書は、その特徴が色濃い「発想」の技法を用いての分析という。これはいくつかに細分化されるが、例えば転送論法。著述の欠点を他に転嫁する技法だ。英国の小説家ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚(きたん)』の序文にある「英語で語るのは難しい」という文は、イタリア語の原文の素晴らしさが伝えられないもどかしさを英語のせいにしている。
批評家に注文をつける序文もある。スコットランドの医師ヘレナス・スコットの小説『一ルピーの冒険』は、批評という美名のもとにナンセンスを公表する批評家より、「節度ある心を持つ」人を読者にしたいという。
このほか、序文には謝罪、弁明、正当化、礼儀、気配りなどの機能があるそうだ。米国の作家トマス・ネルソン・ページの『暇つぶし小話集』の序文がその例で、多くの気遣いがある。
第Ⅱ部は、序文が他者の攻撃に反論の構えを見せたり、攻撃的だったりというケースの紹介である。第9章「剽窃(ひょうせつ)」が面白い。文学作品の名作でも盗作という批判がつきまとう。作家も序文で対抗する。偶然の一致(先行作品は読んでいない)、単なる類似(類似と剽窃は違う)といった具合だ。
文学は噓(うそ)を書いているのではない、という序文からは、それが従来も歴史小説ではつきまとう問題だったことがわかる。
著者の博識と文学上の緻密(ちみつ)な枠組みを理解すると、本書は稀(まれ)な分析書として貴重な意味を持つ。ゆったりと読者の体内に知性が発酵してくる。
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まつお・ひろし 1949年生まれ。東京芸術大名誉教授(美学)。共著に『レトリック事典』など。