1. HOME
  2. 書評
  3. 「ケアリング・デモクラシー」 他者に応える活動全てを視野に 朝日新聞書評から

「ケアリング・デモクラシー」 他者に応える活動全てを視野に 朝日新聞書評から

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
ケアリング・デモクラシー: 市場、平等、正義 著者:ジョアン・C・トロント 出版社:勁草書房 ジャンル:女性学

ISBN: 9784326303366
発売⽇: 2024/03/28
サイズ: 1.8×21cm/352p

「ケアリング・デモクラシー」 [著]ジョアン・C・トロント

 育児をはじめとするケア労働の負担は女性に大きく偏ってきた。これに対して、ベビーシッターなどのサービス市場も拡大している。だが、それでよいのか。本書はフェミニズムの視点から、ケアを市場に任せるのではなく民主主義の問題として取り組むべきだと論じる。2013年にアメリカで公刊された本書は、近年の民主主義論の中でも特に大きな注目を集めてきた。
 本書の特徴は、ケアの定義の広さだろう。そこには他者と関係を結び、そのニーズに応える活動が全て含まれる。人間は互いに依存する存在であり、ケアなくして社会は維持できない。住民のため火災を消火する消防士も、家族のために働く会社員も、実はケアを行っているのだ。
 ところが、このことが今日では見失われていると本書は指摘する。それは、経済活動のような、主に男性が家庭の外で行ってきた活動が、ケア以外の活動だと見なされているからだ。その結果、男性たちは別の形で社会に貢献しているという理由でケアする責任を免除され、他者に依存せずに市場競争を勝ち抜くことを奨励される。こうした経済活動の促進が政治の課題として重視される一方で、ケアは私的な事柄として自己責任で行うものとされてきた。
 さらに、本書がアメリカの文脈で重視するのは、ケアする責任を免れる動きが女性にも広がっていることだ。特に中産階級の女性たちは、経済活動に参加すべく、家事や育児を貧困層やマイノリティの女性に外注してきた。だが、これは劣悪な条件で働くケアワーカーとの間に不平等を生み出してしまう。また、ケアを市場に委ね、サービスの価格や効率性を競うことは、時間をかけてケアの受け手との関係を築くことを妨げる。
 そこで本書が提唱するのは、「共にケアする」ことを民主主義の理念として設定し、ケアする責任を配分し直すことだ。ケアとは他者のニーズに耳を傾けることである以上、その責任の配分には全ての人の参加が保障されねばならない。この「ケアリング・デモクラシー」の下、より多くの人がケアを実践し、ケアに満ちた態度が育まれることを本書は期待する。
 本書の舞台は新自由主義が進むアメリカだが、日本の読者にも大いに参考になるだろう。特に、男性がケアする責任を免れてきた点はそのまま日本に当てはまる。保育士やベビーシッターなど家庭外でのケアを担う人々の貢献も軽視されてきた。一体誰が、それでよいと決めたのだろうか。「共にケアする」という理念は、日本にこそ必要とされているように思われる。
    ◇
Joan C. Tronto ミネソタ大およびニューヨーク市立大の名誉教授。専門はフェミニズム政治理論。近刊に『モラル・バウンダリー ケアの倫理と政治学』。