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「時は立ちどまらない」書評 シナリオが写し出す喪失の感情

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月27日
時は立ちどまらない~東日本大震災三部作 著者:山田太一 出版社:大和書房 ジャンル:社会学

ISBN: 9784479540441
発売⽇: 2024/03/07
サイズ: 19.4×2cm/240p

「時は立ちどまらない」 [著]山田太一

 シナリオで東日本大震災を読み解く。初めての経験である。震災1年、3年、5年を「立ちどまらぬ〝時〟」として見すえた三部作は、折々の被災者の気分を明確に写し出している。
 あの大震災のあと、私は復興構想会議の担い手の一人として、5年目くらいまでは現地をよく訪れた。感じたのは被災者周辺のいわく言い難い〝空気〟のあり方だ。特に1年目は、絶望などという言葉では表現できない、乾き切った心情に触れることがあった。人と人が、人と物が、ある日突然暴力的にその実存的関係を奪われる。あの3・11の夜、テレビ映像に写し出された大津波に流されゆく人や車や家……。
 最初の「キルトの家」では、東京の団地で一人暮らしをする老人たちの枯れた生き様と胸の内が、仙台での震災遭遇を経て越してきた若い男女との交流のなかで描かれる。全編を流れる乾いた感情のあり方は、くり返し人々の口をついて出る「魂のはなしをしましょう」という吉野弘の詩句に表象されている。俳優の名前を見ると、シナリオが具体的人物像を伴って頭の中をめぐる。普通の読書にはない体験だ。やがてそれは、「そうだ、これは見たことがあるドラマだ」と記憶の奥から俳優たちのやりとりを伴って浮かび上がる。
 3年後の「時は立ちどまらない」では、震災で身内に死者を出した者とそうでない者との心の交流が可能かという課題が出てくる。何でもない日常性に回帰したかに見える家族内外の人の感情が、セキを切ったようにあふれ出す一瞬がある。分かろうとしても分からぬ別離の感覚がそこに表出する。5年後の「五年目のひとり」は、喪失の感覚が消えぬ被災者が亡き娘の面影を探す物語である。かくて三部作を通じて、山田太一は、自身による喪失の感情が、多くの人々の共有状態から始まり、家族の周辺に突発的に現れ、やがて一人の記憶に残存する変遷をみごとに捉えている。
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やまだ・たいち 1934~2023。脚本家・作家。テレビドラマの名作を数多く書き、14年度朝日賞などを受賞。