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滝沢カレンの「空飛ぶタイヤ」の一歩先へ 熟練の技術で大空へ。街の職人を襲った悲劇

撮影:斎藤卓行

この街にはふいな出来事から有名になった1人のおじいちゃんがいる。

その名は、佐野口大弥(さのぐち たいや)89歳。

大弥爺さんは、街では優しくだれにでも同じような態度で接するなんの変哲もないじいさんだった。

この街で凧揚げ職人として名を静めている。

凧揚げ職人でありながら、
駒回しやお手製紙芝居、めんこにビー玉、羽子板と昭和を包んだような遊びを得意としている。

そんな大弥爺さんは近所でも人気者。

今日も大弥爺さんは本業の凧作りを手につかないほどに、子供たちにめんこや羽子板を教え楽しませていた。

「大弥爺さん、なんでそんな強くメンコを投げつけられるんだ?」

街のやんちゃ子供が鼻水片鼻にぶらさげ一直線に質問をしている。

「力じゃねぇんだ、これはコツなんだよ」

コツを全く理解しきれていない子供たちは無我夢中に力づくでメンコを地面に投げつける。

「そんなんじゃ上達しねぇぞ〜」

と笑いを出しながら周りの子どもの頭を愛を含めてポンポン叩く。

昼間はまるっきり時間を奪われるため、
大弥爺さんは夜な夜な凧を作っていた。

子供たちと遊ぶ時間も大好き、凧作りも大好きな大弥爺さんは毎日をただ平凡に幸せに暮らしていた。

そんな大弥爺さんは子供たちへのビッグイベントを企んでいた。

店の前におもむろに張り出した一枚の紙にはこう書かれている。

"明日、凧揚げ大会

13時から宮毛山公園にて"

太々しく書かれた文字。
店前を通る者全ての目に見事にねじ込んできた。

そうして迎えた翌日13時。

宮毛山公園にはたくさんの子供が集まっている。
大弥爺さんは自力工作で作った旗を振り放ちながら子供の興味を炎天下にさせてゆく。

「ねぇ、大弥爺さんきょうは羽子板やらないの?」

「大弥爺さん、メンコやろうぜ!」

子供たちはいつもと一風違った雰囲気に日常を
探し始めた。

「今日は一味ちげぇって日よ。みんなをどちらにせよ楽しませてやんだから、まぁ待て待て。」

大弥爺さんはありったけの手拭いを持ってくると、子供達に渡した。

「これなぁに?どうしろっていうの?」

「こんなの渡されてもわからないよー!」

子供たちがまた騒ぎ立てる。

「まぁまぁ待ちなさんな。今日は違う楽しみ方をおしえてやっからさ。」

そういうと大弥爺さんは公園のトイレの裏側に回り込み、そこから見るも巨大な凧を持って戻ってきた。

「ゔわわわわわー!!!!!」

子供たちは、はち切れそうな声を大にした。

目を輝かせた子供たち以上に輝きを溢す大弥爺さんの目があった。

「すごいや!これはなに?巨大な大弥爺さんが書いてあるじゃないか!」

その巨大凧には、しっかり大弥爺さん作の自画像が描かれていた。

「そりゃそうよ。わしが作ったんだ。わしを描かなくっちゃな。」

その自画像に群がる子供たちをよそに大弥爺さんはその凧を風任せになびかせてみせた。

するとブワァ〜とゆっくり確実に空へと舞い上がってゆく

大弥爺さんが一番大事にしていたことは
"子供を越えた自由"だった。

子供たちは空に舞い上がる凧を無邪気一筋で追いかけて、楽しんだ。

大弥爺さんは、うまい具合に凧の紐を風と一体化しながら操った。

この日の凧揚げサプライズは大成功におわった。

大弥爺さんはその夜考えた。
もっと子供たちとなにか楽しいことができないか、と。

この日一番楽しんでいたのは大弥爺さんだったのかもしれない。

それから数日が経ったある晴れ渡る昼のことだった。

"コンコンコン"

大弥爺さんの玄関から柔らかいノックが聞こえた。

「はいよ。まってね。」

大弥爺さんは待たせては行けないと熱心に玄関先に向かった。

「お待たせさん」

大弥爺さんが玄関のドアを開けると、そこには4歳ほどの坊やがいた。

「おう。坊や。どうしたんだ?」

「ねぇねぇ、大弥の爺さん。僕ね、お空飛べるような凧作ってほしいんだ。」

「凧はお空を飛ぶもんだよ?一体どんなのが見たいんだい?」

「ちがうよ!凧と一緒に飛ぶんだ!」

「え?凧の上に乗って一緒に飛びたいとでも言うのかい?」

「あぁ!そうだよ!作ってくれよ!」

こんな夢のような発想発言に思えたが、
なんだか他人事ではないように大弥爺さんは思えた。

なぜなら大弥爺さんも子供の頃よく凧と一緒に飛びたいと思っていたからだ。

そんな自分を子供に戻したかのような、目の前の坊やを放ってはおけないと思った。

「よし、わかった、わかった。作ってみよう。わしもそんな夢があったの思い出したよ。どれくらいの時間かかるかわからんが、ちょっと待っていてくれ。」

大弥爺さんは優しく坊やの頭をさすりながら、
たくましい夢約束をした。

それから、坊やは毎日、毎日大弥爺さんのおうちを尋ねにきた。

「まだできてないよ」

と毎日大弥爺さんは坊やに言った。

それでも大弥爺さんが一緒に空を飛ぶ凧を作る姿を必ず見にきた。

雨の日も風の日も、盆も正月も。

そんな月日が一年と経ち、
大弥爺さんは坊やの言っていた一緒に空を飛べる頑丈で頼り甲斐のある凧を完成させた。

その日も坊やは目をまん丸に興奮させながら大弥爺さんの作成行動を隣で見ていた。

「ほら、完成だ。」

大弥爺さんは、おうちの中では作りきれないほどの大きな大きな凧の完成を坊やに見せた。

「大弥爺ちゃん、これすごいや。見たこともない凧だ。ほんとにすごい!」

坊やは体力に似合ったジャンプを何度もして、
目一杯喜んだ。

「じゃあ早速飛ばしてみようよ!」

「そうだな。」

「爺ちゃんも飛んでね、一緒に!」

「あぁ、さすがに坊や1人じゃ不安でならねぇから一緒に飛ぶよ。」

そういうと大弥爺さんは、飛んでいかぬように丈夫な大木に凧糸を括り付けた。

大弥爺さんは、早く坊やの夢を叶えたいあまり村の人を誰にも呼ばずに行動していた。

風は南風が吹いていた。

「爺ちゃん、これでお空に一緒に飛べるの?」

「あぁ、危ないから少し飛べたらすぐ下がるからな」

そう約束すると大弥爺さんと坊やは凧に乗り、
お手製の手すりにしっかりと掴まった。

南風のステップに合わせて大弥爺さんは、走りだす。

風を感じ出すとひょいっと大弥爺さんも凧に飛び乗った。

イラスト:岡田千晶

「わぁ気持ちい。爺ちゃんありがとね。」

「気持ちいいな。わしも子供の頃からの夢を叶えてもらえた気持ちじゃ。ところで、坊やはなんて名前なんじゃい?」

大弥爺さんは尋ねると、坊やは少し俯きながら大弥爺さんの顔を見て答えた。

「多虎郎(タコロウ)だよ。爺ちゃん」

大弥爺さんは身体がピクリとしたのを感じた。背筋から汗をかくような、だけど火照るような感覚。

「爺ちゃんは相変わらず凧上げが好きなんだな。
僕また爺ちゃんに会えて嬉しかったよ。お空で待っているからね。」

そう残すと、多虎郎は姿を風とともに消した。

「多虎郎、、、、」

大弥爺さんの瞳からは涙が続々と出てきた。

多虎郎とは、大弥爺さんの4歳の時に亡くした息子だった。

あの日は南風が吹いていた。

南風は凧上げには不向きだと言われていたが、
大弥爺さんはむやみやたらに凧上げをしてしまった。

その凧が大暴れを披露し、庭先で見ていた息子の多虎郎と、妻の風子に凧の凶暴な部分が、悲惨にも突き刺さり即死してしまったのだ。

それから、村中に凧上げを禁じられた大弥爺さんだったが、愛する家族も亡くし、凧上げも禁じられ生きる意味のなくなった大弥爺さんは、村を変え、また懲りずに凧上げに集中しだした。

今日は、多虎郎と風子を亡くしてちょうど55回忌の南風の日だった。

大弥爺さんは凧にしがみつきながら、あの日の自分の横暴さをまた反省した。

お手製手すりから手を離せない上空、
渋滞した涙はもう手では拭えなかった。

やがて、涙は凧の紙の部分をふやかしていき穴が空きはじめた。

「わしが、、わしが、あの日に凧上げなんかやめていたら、、、多虎郎と、、風子と幸せに、、、、、」

その途端。

穴の空いた凧は威勢よく落下していった・・・。

大弥爺さんは見事に迎えにきた多虎郎と共に、
家族のいるお空に舞い上がっていった。

生涯を凧に捧げた、大弥爺さん。

家族は次の被害者が出ないようにずっと凧上げをやめてほしかったのかもしれません。

完。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 運送会社のトラックのタイヤが走行中に脱落し、通行人を死亡させる事故が発生。自社の整備不良を疑われた運送会社の社長は調査結果に納得せず、自ら真相究明に乗り出します。製造元の大手自動車メーカー内部の派閥争いも絡み、やがて大規模なリコール隠しが明らかに――。実際の事件を題材に、中小企業の社長が巨大企業の不正を暴く戦いを描いた池井戸潤さんの小説は直木賞候補になり、ドラマ化、映画化もされました。

 「半沢直樹」シリーズなど、企業を舞台にした人間模様が人気の池井戸作品ですが、合間に描かれる登場人物の家族愛も重要な要素。そして池井戸さんの代表作の一つ『下町ロケット』と言えば、町の中小企業が空飛ぶロケットの開発に挑む、職人魂とベンチャー精神の物語。町の職人が熟練の技術で大空を飛ぶ滝沢版「空飛ぶタイヤ」は、偶然にも池井戸ワールドのエッセンスをしっかり詰め込んだ作品になっています。