10数年前に結婚した時、披露宴の打ち合わせで「お二人の思い出の音楽を何曲かかけてはどうでしょう」とプランナーの方に提案された。しかし私と妻はまるで音楽の趣味が違っていて、二人で同じ音楽を聴いたことすらほぼない。そこで、それぞれがお気に入りの曲をかけることに落ち着いた。
自分のお気に入りの曲を披露宴でかけていい! それなりに音楽は好きだ。最初は浮かれていた私だったが、すぐにまずいことになったと思い直した。1970年代末のテクノポップから始まって、フォークロックに寄り道し、ニュー・ウェーヴとニューヨーク・パンクにハマり、1980年代末のバンドブームの洗礼を受けた後、シャンソンとワールド・ミュージックと前衛音楽をつまみ食いして20代を過ごしていた私は、要するに大半の人と音楽の趣味が合わない。その上、陰鬱だったり抽象度の高い歌詞や、クセのあるヴォーカルが大好きだ。
RCサクセション「甲州街道はもう秋なのさ」は? 披露宴に合わん! ヴェルヴェット・アンターグラウンド「僕は待ち人」……倫理的にダメそう! コラ・ヴォケール「桜んぼの実る頃」は……悪くないが革命歌だ。XTCや平沢進や大槻ケンヂは……大好きな曲ほどクセが強い!
あれこれ悩んだ挙げ句、エリック・アイドルの「Always Look on the Bright Side of Life」を選んだ。「人生の輝かしい面だけを見ていこう」。まあこれなら、とても明るい曲だ。曲だけ聴けば。
エリック・アイドルはイギリスのコメディグループ、モンティ・パイソンのメンバーである。この曲はモンティ・パイソンのコメディ映画「ライフ・オブ・ブライアン」(1979年)のラスト、主人公が磔刑(たっけい)に合うシーンで流れる。同じ境遇の罪人に励まされ、死の間際で「人生の輝かしい面だけを見ていこうよ」と口笛を吹きながら合唱するのだ。モンティ・パイソンらしい皮肉に満ちた名曲である。相当にクセは強いが、大半のゲストは気付かないだろう。
とはいえ、妻(当時は婚約者)に説明しないわけにはいかない。とりあえず「ライフ・オブ・ブライアン」のサントラCDを聴いてもらい、口頭で説明を済まそうとしたが、どういうわけかCDが見当たらなかった。仕方なく「ライフ・オブ・ブライアン」のDVDを再生する羽目になった。披露宴の準備中に十字架にかけられた半裸の男たちが合唱する映像を突然見せられ、それなりに困惑したと思うが、特にコメントもせずにOKしてくれた。彼女の度量に今でも感謝している。
披露宴では私の趣味を知っている、学生時代の友人たちがニヤニヤ笑っていた。後にロンドン五輪の閉会式で、エリック・アイドルがこの曲を熱唱するのをテレビで見て驚いた。世紀の大イベントでこの曲が選ばれるのはすごいと唸りつつ、自分の趣味が本場イギリスからお墨付きを得たような気分になった。もちろんただの錯覚である。