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「江戸の憲法構想」書評 幕末の知識人たちが描いた未来

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月08日
江戸の憲法構想: 日本近代史の“イフ” 著者:関 良基 出版社:作品社 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784867930267
発売⽇: 2024/04/02
サイズ: 13.4×19cm/256p

「江戸の憲法構想」 [著]関良基

 日本が近代化できたのは、明治維新があったおかげ。幕府は封建制にすがるだけの守旧派だった。いまも世に流通するそんな見方に、一撃を加えるのが本書である。
 幕府のために建白書を書いた知識人らに焦点を当て、その「憲法構想」ともいえる内容を一つひとつ検討する。そしてこう問いかけるのだ。明治維新なしでも、日本は十分、近代国家になりえたのではないか。もっとましな近代国家に。
 俎上(そじょう)にのぼるのは6人で、なかでも信州上田藩士の赤松小三郎は知られざる逸材かもしれない。幕府にも薩摩藩にもパイプを持つ人で、武力によらない体制変革を訴えていたという。建白書は庶民にも参政権を認めるような内容で、法の下の平等を保障するような記述もある。その発想のもとには儒教があるというのも興味深い。
 ほかの建白書起草者は将軍側近や会津藩士、漂流民など。それぞれ強みや限界があるが、共通するのは天皇の影が薄いことだ。象徴天皇制に近いものが多く、むしろそれが江戸期の知識人の平均的な感性なのだという。そんな方向で憲法がつくられていれば、天皇が神格化されることも、統帥権が暴走することもなかったか。
 本書を読んで、歴史は可能性の束だとつくづく思う。もしも赤松小三郎が暗殺されず、薩摩を説得できていたら。将軍徳川慶喜が薩長との戦いのさなかに大坂から逃げ出さなかったら。まったく違う国や社会がありえたかもしれない。現在から未来にかけても同じであろう。私たち一人ひとりが未来を変えうる束のなかにいると思うと、少し身が引き締まる。
 著者は歴史学者ではなく環境分野の研究者だ。専門家でないがゆえの強みだろうか、平易な言葉で、既存の学説にどんどん切り込んでいく。とりわけ丸山真男の政治思想史への批判はねちっこく、そこがまた読ませる。専門研究者の反応も聞いてみたい。
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せき・よしき 1969年生まれ。拓殖大教授。著書に『赤松小三郎ともう一つの明治維新』『日本を開国させた男、松平忠固』など。