作家の町田康さんが初の歌集「くるぶし」(COTOGOTOBOOKS)を刊行した。青地に緑の箔(はく)でタイトル、著者名が大きくデザインされたギラギラとした装丁。飛び込んでくる最初の章タイトルは「ボンジョビ」。まだ一首も読んでいないのに、やられた、という気持ちになる。狂った節という意味も込めたタイトルを体現する歌集だ。
パンク魂 浴びてきた言葉を352首に
「あんまり人に言ってこなかった気持ちがむき出しになっている。日記が公開されたような感じです」と町田さんは話す。収録したのは、2022年夏~23年夏にかけて作った352首だ。歌を思いついたらスマホにメモし、SNSにあげていた。「メモしていると脳がモードに入る。短歌ばかり湧いてきてうるさかった」。元は倍の600首ほどあったなかから、収録作を選んだ。
「日常のなかから生まれてくるから、歌には料理がよく出てきます」
《圧迫を感じる朝は月見そば器の中で夜を続ける》
月見そばは、町田さんが家でいちばんよく作る料理だ。朝の明るさに心がついていけない。そんなとき、「月見そばのなかで夜を続ける自分に酔うてるんです」。
「観念的、抽象的、理念的なことではなく、日常に思ったしょうもないことを言うのが習い性というか、表現のクセになっているんです。自分の出所にパンクスがあるから」。10代でパンク歌手としてデビューし、音楽活動を続けてきた。「かっこつけて大きいこと言う人もいるけど、自分はそうじゃないなと。表現にうそはつきたくないんです」
《なめとんかチュッパチャプスなめとんかしばきあげんど人らしくしろ》
怒りの歌もパンク精神の表れか、と思いきや「自分でも何に怒ってるのかわからない」らしい。
“しょうもないこと”をそれでも言葉に残すのは、「言葉というビークル(乗り物)に乗ることが習慣になっているから」。乗ることができるのは、人の言葉をたくさん浴びてきたからだ。自由自在なこの歌集は、町田さんが触れてきた上方芸能、小説、日常会話、古典文学を現代語訳しながら吸収した古語……あらゆる語彙(ごい)がミックスされ、生まれた。
現代社会の風刺に読める歌もある。
《共感の乞食となりて広野原彷徨いありく豚のさもしさ》
技術よりも自分しかでけへんことを
「いまの世の中では音楽も小説も新聞記事も、共感されることを求められる。でも、同時代に共感されることなんて、欺瞞(ぎまん)のうそっぱち」と町田さんは言い放つ。「だれにも共感されないようなことが、自分の言いたいことなんじゃないか」
歌を作る根源的な理由もそこにある。
「魂を言葉にして取り出しているのが歌。技術、テクニックを学べばある程度はできるようになるだろうけど、そんなの作る意味がない。そこからはみ出たものを作るほうがええんちゃうの?と思いますね。自分しかでけへんことをやらな」
《作るなよ自在自由に作られろ豚に生まれろそれが歌やぞ》
(田中瞳子)=朝日新聞2024年6月12日掲載