現在における考古学の到達点のひとつともいえそうな論集が完成した。「何が歴史を動かしたのか」(雄山閣)と題する3巻だ。大上段に振りかぶった壮大なタイトルにふさわしく、総勢約80人にのぼる第一線の研究者が論考を寄せた。
「自然史と旧石器・縄文考古学」「弥生文化と世界の考古学」「古墳・モニュメントと歴史考古学」に分かれ、3冊合わせると千ページ近い。
論集を編んだのは国立歴史民俗博物館名誉教授の春成秀爾さん(81)。編者への献呈的な色合いを帯びるためか、広い空間的視野と時代幅が持ち味の本人の学風を投影して、扱うテーマも多種多様だ。考古学の論集には珍しく、哺乳類の盛衰といった古生物学から、原人の心や戦争の本質、ジェンダー論にまで及ぶ。複雑な人類史は総合的・立体的にとらえて初めて理解できる、ということか。
目からウロコの論考も少なくない。かつて一世を風靡(ふうび)した縄文農耕論のいま、サハリンアイヌのミイラ習俗の系譜、江戸期の外国人墓、飛鳥寺の仏舎利の行方などなど。文献上の被葬者と築造時期との時間的矛盾が指摘されてきた陵墓の治定にも、意外と妥当な重なりが少なくないと切り込む意見は新鮮だし、土器の発生と縄文時代の始まりは必ずしも一致しないとの見解も論議を呼びそうだ。
ともすれば内向きとも呼ばれる日本考古学だけれど、巨大古墳と世界の王墓はもちろん、「闘争」という共通項を介しての古墳社会とはるか中米マヤ文明との対比、あるいは日本の自然と風土がはぐくんだ縄文文化とアフリカ、北米などとの積極的な比較検討もあり、ガラパゴス化を脱却しようとの意図が読み取れる。
「すべては連動し、無限の広がりを持つ。目標は高く広く。若い人は大きな考古学をめざしてほしい」と春成さん。自身も箸墓古墳(奈良)造営の国際的背景や卑弥呼の出自に迫る刺激的な論考を用意した。
分野ごとに細分化され、横のつながりも薄れつつある現代で、考古学も例外ではない。論集内でベテランの民俗学者が「歴史世界の解明は単一の学問分野だけでは不可能」と説くように、タイトルが問いかける「歴史を動かした正体」に迫るには、分岐した専門知を再び結び直す作業が欠かせない、との思いに至る。(編集委員・中村俊介)=朝日新聞2024年6月12日掲載