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「われは熊楠」書評 「知る」ことに全てを費やした男

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月06日
われは熊楠 著者:岩井 圭也 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163918402
発売⽇: 2024/05/15
サイズ: 13.8×19.6cm/336p

「われは熊楠」 [著]岩井圭也

 近頃の天才はちょっとスマートすぎる気がしないでもない。大谷翔平にしても藤井聡太にしても、見た目もさわやかで受け答えも紳士的。しかし、ときには狂気をはらんだ才能も見てみたい。そう思う方にお薦めなのが、この小説の主人公、南方熊楠(みなかた・くまぐす)だ。
 熊楠といえば、菌類の研究で名をはせた世界的博物学者で「知の巨人」。そしてもう一つの顔が「変人」だ。本作で読者は彼の頭のなかに分け入ることになる。幼少のころから、脳内で様々な声がやかましく響いている。「熊やん、お前は傑物じゃ」という自画自賛もあれば、怒りにまかせて暴力を促す声もある。
 渡英し、大英博物館に出入りを許されるまでになったが、館内で突然、人を殴りつけてしまう。蓄えてきた知識が認められない焦り。それが歪(ゆが)んだ形で暴走したように見える。少年時代からずっと「知る」ことに全てを費やしてきた。
 知るとは何か、人はなぜ学ぼうとするのかと考えながら読んだ。熊楠はこう感じる。「知らぬことを学ぶと、頭の中身が拡張し、充実する。草花の名前や生態を覚え、古(いにしえ)の伝承を知るたび、世界がよりきめ細かく、鮮明に見える」
 誰しも少し思い当たる感覚かもしれない。凡人であれば頭の隅にしまいこみ、日々の暮らしに流されてしまうだろう。熊楠は違う。「我(あが)は、この世界を知り尽くす」と宣言し、突っ走る。強烈な知識欲は、彼を孤独に追い込む。
 作品の横糸になっているのが「男色」で、その糸の太さに最初は戸惑った。熊楠が恋心を抱いた後輩は夭逝(ようせい)し、もっぱら夢のなかで出会う存在になった。その美しさに触れるたび、熊楠の研究に変化が起きる。さながら「学芸の化身(ミューズ)」。知への欲求が根源的なものならば、それは性や愛への欲求にも通じるのか。
 熊楠のぎょろりとした目を通じて見えてくる世界。そこには万華鏡のような混沌(こんとん)と統一がある。
    ◇
いわい・けいや 1987年生まれ。北海道大大学院農学院修了。著書に『完全なる白銀』など。本書は第171回直木賞候補作。