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「泉鏡花きのこ文学集成」書評 妖艶で切なく凄惨 美しさと毒

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2024年07月13日
泉鏡花きのこ文学集成 著者:泉 鏡花 出版社:作品社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784867930328
発売⽇: 2024/06/04
サイズ: 13.3×19cm/256p

「泉鏡花きのこ文学集成」 [著]泉鏡花 [編]飯沢耕太郎

 散歩のときにたまにキノコを見かける。足を止めて周辺を見ると散歩道を外れたそこここにキノコが生えている。ハラタケの類だろうか。とりたてて見栄えはしないが、いかにもキノコ然としている。本書を手に取った読者は、間に差し挟まれたカラーページのキノコの図を見てもらいたい。どうです? どうですって、いけない、まだ本を入手していないか。じゃあ、インターネットで検索。ビジュアル的にはタマゴタケ(幼菌も!)、キヌガサタケなんかがいい。あるいは鏡花が好んで取り上げるベニタケでも。なんか、こう、艶(なま)めかしい。そしてどことなくとぼけた滑稽味も感じられる。それはまず文体のせいだろう。緩急自在なリズム。音楽的であるだけでなく、色がちりばめられ、においや味覚にも訴えてくる。ベニタケの赤い傘、毒キノコだということも、鏡花が気に入っていた理由かもしれない。霧が立ち込めた森の中で一点赤い色を見つける。目をこらすとそこここに生えている。正直に言って、鏡花の文章はなかなか頭に入ってこない。ときに霧にまかれつつ、目をこらして読む。夢と現(うつつ)の境界が融(と)かされて、朦朧(もうろう)とした森の中をさまよう。そのあとでいま来た道を引き返してもう一度読むと、ああこういう話だったのかと見えてきたりもする。本書はキノコを取り上げた作品を8本収録している。とりわけ「茸(たけ)の舞姫」「小春の狐(きつね)」「木の子説法」は、有名な作品をいくつか読んだ程度で鏡花好きを自認していた私にとって初めて読む作品だったが、鏡花の代表作といっていいんじゃないかと思わせるほどだった。ひとつは妖艶(ようえん)であり、ひとつは切なく、ひとつは凄惨(せいさん)な美しさを放って幕を閉じる。濃密な毒に、本を閉じても鏡花の異界がなお侵食して、にょきにょきと生えてくる感じがする。しばらくぶりでキノコが生えていたあたりに行ってみると、キノコの寿命は短い、もうキノコの姿はない。

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いずみ・きょうか 1873~1939。作家。主な作品に「外科室」「高野聖」「婦系図」など。近年、選集や文庫の刊行が続く。