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樋口恭介さん注目のSF3冊 人間以外の生命が示す選択肢

  • WAYS OF BEING 人間以外の知性
  • シリコンバレーのドローン海賊
  • わたしは孤独な星のように

 人間を超えた生命に注意を向けてみよう。私たちの生活圏には様々な鳥や虫や植物や微生物などの生命が溢(あふ)れ、それぞれがネットワークを構成している。ネットワークは相互に絡み合い、一つの巨大な演算機械として世界を創出している。無関係な者はいない。誰一人として。

 人新世と呼ばれて久しいが、ここにおいて政治とテクノロジーは目に見える形で方向転換を始めつつある。ジェームズ・ブライドル『WAYS OF BEING 人間以外の知性』では、人間以外の環世界において、知性と呼びうるものがどのように機能しているかを論じつつ、それらが人類にどのように恩恵を与え/今後与えうるのか、具体的な事例をもって紹介する。たとえばほうれん草とEメールを接続することで、古い地雷から漏れ出た土壌中の爆発物を発見し警告通知を発出することができる、といったように。

 こうした着想はフィクションのようだが、もちろんフィクションのほうも負けていない。ジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊』はまさしく「人新世SF傑作選」という副題を冠するアンソロジーだが、そのうちの一作、陳楸帆(チェンチウファン)「菌の歌」では、気候変動に対応するために微生物ネットワークが実装され、資源の配分や消費計画、植林計画が最適化されるよう演算される世界が描かれる。演算資源を連結するというアイディアはSFの十八番だが、単体で独立して推論を行える脳やコンピュータではなく微生物が選ばれているところが現代的だ。

 人新世の時代の傑作SFという意味では池澤春菜『わたしは孤独な星のように』にも触れておきたい。「糸は赤い、糸は白い」では、第二次性徴後に脳内にキノコが移植され、キノコとの身体的・精神的共生と、それによる社会全体の共感可能性の向上が実現した世界を舞台に、思春期の少女の期待と不安が描かれる。「祖母の揺籠」では、激しい気候変動によって都市部の多くが海に沈み、陸に住めなくなった人類は身体改造を施してクラゲのような生態を獲得する。身体の変容は社会の変容と思考そのものの変容をももたらし、語り手は人間とクラゲのあわいの思考を生きている。クラゲの身体が発する光の明滅の色とリズムのパターンで、人間だった頃に持っていた感情を語り直そうとする。

 SFは、未来や並行世界や人間以外の声をもって、現在の私たちの脳に直接語りかける。まるで菌糸を張り巡らせるキノコのように。そうして私たちは未来人として、異世界人として、あるいは微生物やクラゲやキノコそのものとして、私たちの現在地点を振り返ることができる。選択肢は既に提示されている。あとは私たちが何を望むかだ。=朝日新聞2024年07月24日掲載