ISBN: 9784866241005
発売⽇: 2024/05/21
サイズ: 1.7×18.8cm/224p
「なぜ鏡は左右だけ反転させるのか」 [著]加地大介
加地さん、ごぶさたしています。2003年に『なぜ私たちは過去へ行けないのか』という著書をいただいたのですが、そのとき私は、だって過去なんだもの行けるわけないじゃんと、読まないままにしていました。すいません。愚かでした。今回、かつて後半にあった鏡の謎を前半にもってきて、過去の謎を後半へと入れ替え、増補・改訂版として出されたので、ようやく読ませてもらいました。
まず、なぜ鏡は左右だけ反転させるのかという問題に、マーティン・ガードナーの説明が紹介され、私は加地さんとともになるほどーと思い、でも、と加地さんが考え直してまだこれじゃだめでしょと論じるところでそうだよなーと思い、続いてネッド・ブロックの議論が紹介され、私は加地さんとともになるほどーと思い、でも、と加地さんが考え直してまだだめでしょと論じるところでそうだよなーと思い直すという、いわば脳みそがマッサージされているような感じになりました。
そして加地さんの解決案に深くなるほどーと頷(うなず)いたのです。なぜ鏡は左右だけを反転させるのか。われわれが経験している空間は、3本の座標軸からなるデカルト座標(学校の物理なんかでふつうに見るあれ)で捉えられているのではなく、加地さんが「回転座標」と呼ぶ捉え方をしているからだ。加地さんのこの答え、イケてると思います。
次は、なぜ過去へ行けないのか。映画「ターミネーター2」の謎から始めて、検討されるのが、「過去は変えられないが未来は変えられる」とどうして言えるのか。実に興味深いことに、マイケル・ダメットは、過去も未来も変えられると考えることは可能だと論じ、リチャード・テイラーは過去も未来も変えられないと論じるのですね。いや、どちらもまるで常識に反するけれど、手強(てごわ)い。じゃあ、過去と未来の違いは何なんだ。加地さんはそうして独自の答えを模索します。
いとも気さくな語り口で、そのくせかなりハードにこっちの脳みそを掴(つか)んでわしわしわし。「これが哲学?」なんて戸惑う読者もいるのかもしれないけれど、時間と空間の非対称性という、身近で古典的な謎に挑戦する正真正銘の哲学です。しかも、有名どころの説を紹介しながらも、それはあくまでも踏み台で、とにかく自分で考えていこうとする。そしてその楽しさがこちらにも伝わってくる。その意味で「哲学する」ことを伝える本になっています。
この内容で哲学の授業をなさっていたとのこと。私が学生だったら、きっとはまっていたでしょうね。
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かち・だいすけ 1960年生まれ。埼玉大学教授。専門は形而上学、論理哲学。著書に『もの 現代的実体主義の存在論』『論理学の驚き 哲学的論理学入門』『穴と境界 存在論的探究(増補版)』など。