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「気候リヴァイアサン」 歴史を遡り地球の未来を構想する 朝日新聞書評から

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月24日
気候リヴァイアサン: 惑星的主権の誕生 著者:ジョエル・ウェインライト 出版社:堀之内出版 ジャンル:哲学・思想

ISBN: 9784911288023
発売⽇: 2024/06/14
サイズ: 18.8×3.5cm/502p

「気候リヴァイアサン」 [著]ジョエル・ウェインライト、ジェフ・マン

 多くの人々は気候変動を主に自然環境に関わる問題とみなしている。だが、それですむだろうかと本書は問いかける。気候変動に襲われる世界では、政治や経済の制度、たとえば近代国家や資本主義市場なども変化を迫られるのではないか。
 著者2人はエコロジー視点を取り込んだマルクス主義を掲げる気鋭の論者である。では、本書は資本主義の代替案を論じるのかというと、話はそう単純ではない。
 著者らは歴史を遡(さかのぼ)り、人間と自然を分けてきた従来の学問では上記の問いに答えることが難しいという、本質的な問題に立ち返る。科学は政治に禁欲的であったし、近代的な政治理論は資本主義経済の発展と共に発展し、主に人間社会の戦乱や未知の変動を考察する枠組みであり続けた。たとえば、近代的な政治哲学の基礎を作ったトマス・ホッブズは、内戦を起こさず政情不安を抑制する方策として、一つの強大な主権の確立を描いた。その記述には争いあう人間以外は登場しない。
 だが、気候変動に立ち向かう時代は近代の始まりに匹敵するか、あるいはそれ以上の社会変化を伴う可能性がある。著者らがホッブズを引き合いに出しながら、これからの政治を考察するのは実に理に適(かな)っている。
 本書ではこれからの世界が辿(たど)りうる四つの方向性を提示しているが、その一つが表題にある「気候リヴァイアサン」である。詳細は読んで頂くとして、著者の 通しは決して明るくはない。
 四つの可能性のうち二つは、気候変動に対応するために惑星規模の強大な主権が立ち上がる未来であり、資本主義が続く場合と、違う体制になる場合が考慮される。その主権は炭素排出削減のための調整を地球規模で行う。自由や平等、公正さががどこまで保障されるのかは定かではない。三つ目は更に悪く、気候変動対策に対応出来ないまま、混乱と反動的ポピュリズムの続く未来である。四つ目として唯一、これまでの民衆運動、特に反植民地主義闘争を踏まえて著者たちが希望とみなす方向性も描かれる。だが、それはまだ微(かす)かな予感でしかない。
 本書は未来予測を試みているわけではない。あくまでも思弁的に、惑星の未来を構想できる政治理論を作り上げようとしている。通例、予測により得られるのは、既存の思考の枠組みにふちどられた未来像であり、それは確かであっても視野が狭い。対して、思弁は想像できること自体の幅を広げようとする試みである。私たちが未来を考えるための手段はまた一つ増えた。
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Joel Wainwright 米オハイオ州立大教授(批判的地理学)。著書に『脱植民地的開発 植民地権力とマヤ』。Geoff Mann カナダのサイモンフレーザー大教授(政治経済学)。金融・財政政策の歴史を研究。