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「殺し屋美少女もの」の進化にくらくら 大瀬戸陸「ねずみの初恋」(第145回)

 平成以降に確立されたマンガのジャンルに「殺し屋美少女もの」というのがある。先駆けは1994年に「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で始まり、巨匠・小山ゆう後期の代表作となった『あずみ』だろう。主人公のあずみは草創期の徳川幕府に刺客として純粋培養された美少女。可憐な容姿に似合わぬ恐るべき剣技を持ち、表情ひとつ変えずに浅野長政や加藤清正といった大物たちを暗殺していく姿が衝撃的だった。小学館漫画賞を受賞、連載が14年続く大ヒットとなり、上戸彩主演で実写映画化もされている。

 今世紀に入って、『GUNSLINGER GIRL(ガンスリンガー・ガール)』(相田裕)、『デストロ246』(高橋慶太郎)、『バイオレンスアクション』(浅井蓮次・沢田新)など、非日常的な殺し屋の美少女が活躍する作品が一気に増えた。その最新型が昨年から「ヤングマガジン」(講談社)で始まった『ねずみの初恋』(大瀬戸陸)だ。

 ねずみはヤクザに殺し屋として育てられた少女。純朴な好青年あお(碧)に告白され、付き合うようになる。同棲するようになっても関係はプラトニックなまま。2人そろって童顔なので一見高校生カップルのようだが、アルコールを飲んでも問題ない年齢ではあるらしい。そんなある日、あおがヤクザに拉致された。駆けつけたねずみに「殺せ」と非情な命令が下される場面で第1話が終わる。

 あどけない少女が淡々と殺人を重ねることに加えて、タイトル通り初々しい恋物語が並行している点が新しい。可愛らしい絵柄と生々しい殺人描写。ほのぼのした日常と裏社会に息づく闇。強烈なギャップの連続に、めまいを起こしそうになる。

 思えば『あずみ』の主人公には正義心があった。親代わりに自分を育て、鍛えた「爺(じじ)」に全幅の信頼を寄せ、「幕府に刃向かう者は悪人」というシンプルな信念を持って暗殺を重ねていた。一方、ねずみには良心などない。命じられれば、女性でも子どもでも平気で殺す。正義のために殺したあずみに対し、ねずみの殺人はルーティンワークに過ぎず、また自分が生きていく唯一の手段となっている。

 そんなねずみが、「殺せ」という命令に生まれて初めて逆らった。「組織の役に立つ殺し屋に育てる」という条件を出して、必死にあおの助命を申し出る。同じ第1話で、淡い恋心を抱いていた少年を爺に命じられるまま殺し、あずみの物語は始まった。それと対照的に、多くの人間を手にかけてきた殺人マシンに「殺せない相手」ができたことから、ねずみの物語が始まることになる。

 言葉による説明を極力使わず、ひたすら絵で語っていくストーリーテリングも見事だ。それがルーティンになっているねずみと違って、あおにとって殺人は軽くない。初めての殺人では、たっぷり3話使って彼の葛藤や緊張がリアルに描かれる。

 第1巻のラストでは、本人たちも気づいていないだろう2人の因縁が明らかに。どう転んでもハッピーエンドは望めそうにないが、残酷な世界に突き落とされた2人から目が離せなくなる。