西洋哲学のエッセンスをずばり第一人者に聞きたい。そんな初学者の願いをかなえるべく編集された「哲学史入門」全3巻(NHK出版新書)が出版された。編者の斎藤哲也さん(53)は「最強のマンガがそろう『週刊少年ジャンプ』のようなゴールデンチームをめざした」と話す。
中世哲学の山内志朗さん、近世哲学の上野修さん、カント哲学の御子柴善之さん、現象学の谷徹さん、分析哲学の飯田隆さん……。
いずれも西洋哲学の各時代・分野で、国内の第一人者と斎藤さんが目す研究者が集結した。編者の斎藤さんの質問に答えるかたちで、それぞれの分野を概説する。
「哲学史入門」と題するが、教科書の記述をなぞるような標準的な通史ではない。
たとえば古代ギリシャ哲学の納富信留(のうとみのぶる)さんは、ソクラテスの代名詞として語られる「無知の知」という言葉について、それは誤りであり、正しくは「不知の自覚」であると力説する。ソクラテスが始めた哲学とは、自分が「知らない」と「思う」ことを確認し続けていく作業であり、ソクラテスが何かの「知」にたどり着いたかのように表現することは彼の真意と異なる――と。
斎藤さんは「各研究者の意見を前面に出しながら、哲学の本質を読者に届けることをめざした。哲学史の表面的なおさらいにとどまらない内容で、哲学をある程度勉強してきた人でも学びがあるはずだ」と話す。
西洋中世における「神」など、現代の日本から見るとなぜ当時の哲学者たちがこだわったのか分かりづらい議論も多い。だからこそ哲学を通史で学ぶ意義があるという。「哲学者が何と格闘していたのか時代状況や議論の前提などの文脈がわかる。哲学史を学ぶ醍醐(だいご)味を、読者が少しでも感じてくれたらうれしい」
斎藤さんは多くの思想系の本に携わってきたフリーの編集者であり、また「試験に出る哲学」などの自著もある。自身の職業について昨年からは「人文ライター」と対外的に説明している。「サイエンス」や「スポーツ」など各分野に専門のライターがいるように、人文学の知恵を一般の人に届ける仕事をする気概を込めている。
人文学軽視の風潮が言われて久しい。書店で目立つ位置に置かれるのは、やはり哲学よりもビジネス関連の本だ。だがイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「サピエンス全史」(河出書房新社)の日本語版は、大著ながら2016年の発売から上下巻の累計で150万部以上(電子書籍を含む)を発行している。人文学の本に需要がないわけではない。
では過去の哲学者の言説を学ぶことは、私たちの生活にどう役立つのだろうか。「哲学を学ぶことはこれまで人類が編み出してきた『思考の型』を学ぶこと。それは決して狭い学問や教養の世界におさまるものではない。私たちが日々の生活で悩みや苦しみと向き合うときにヒントをくれる」(女屋泰之)=朝日新聞2024年8月28日掲載