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歌人・枡野浩一さん 平明なのに深い谷川作品「物事を簡単に理解することの浅はかさをわかっている」

枡野浩一さん

 《谷川俊太郎さんに初めて会ったのは18歳のとき。サイン会だった》

 詩集「よしなしうた」にサインしてもらいました。その後、対談の機会を得たり、私のトークイベントにこっそり来てくれたりしました。

 対談するときは、なぜか私のプライベートがうまくいっていないタイミングが多くて。離婚して落ち込んでいたり、親が体調を崩して倒れたり。いつの間にか対談の内容が私の人生相談になってしまうこともしばしばでした。本当は谷川さんも相談されて困っていたんじゃないかな。そんなことおくびにも出さなかったけれど。

 《谷川さんの詩集「となりの谷川俊太郎」は、枡野さんのエッセーが収録されている》

 エッセーにも書いたのですが、私がデビューしたばかりの20代のころ、「この才能ある若い歌人にお金を振り込みたいかたはご自由にどうぞ」と、インターネットで口座番号を公開しました。そうしたら谷川さんが振り込んでくれたんです。しかも金額の数字が、たしか初めて会った日の日付になっていて。粋なんですよね。

 昔の詩人は夭折(ようせつ)で暗いイメージがあるけれど、谷川さんは健康的で長生きで、明るくて鋭い。

 詩歌は、生きづらさから生まれることが往々にしてある。対して谷川さんは、依頼されるから詩を書き続けてきた。破滅的ではないし、ダメさもない。かといってお行儀がいいわけでもない。

 《特に好きな詩の一つが、「あなたはそこに」だ》

 この詩には、〈ほんとうに出会った者に別れはこない〉という一節があります。谷川さんが世界を、人間関係を、どう捉えているかが出ていますよね。

 絵本も、わかりやすいけれど誰にも作れなかったものを生み出している。自死をテーマにした絵本「ぼく」(絵・合田里美)も、「死ぬのはいけないよ」とは言わない。でも、読むと生きていることの尊さが伝わってくる。だから私も、つい人生相談したくなってしまうんでしょうね。

 《今年5月から、芸名「歌人さん」として、芸人の活動も始めた》

 谷川さんって幅広く表現してきているけれど、肩書がずっと「詩人」だけなのも格好良いんですよね。だから私も「歌人」を名乗っていこうと思って。

 〈本当の事を言おうか/詩人のふりはしてるが/私は詩人ではない〉(「鳥羽 1」)という詩の一節も、「そうだよね」と言われちゃう人が書いても何のインパクトも残さないですから。そのくせ〈とべとべおちんちん〉(「男の子のマーチ」)とか平気で書いてしまう。

 作品が平明なのに深いのは、物事を簡単に理解することの浅はかさをわかっているからだと思うんです。「わかった」気になるのは簡単だけれど、谷川さんはそうしない。「わかった」と思っていないし、もしかしたら何も信じていないのかも。とてもじゃないけど追いつけない存在です。(聞き手・田中瞳子)=朝日新聞2024年8月14日掲載

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 ますの・こういち 1968年生まれ。「枡野浩一全短歌集」など著書多数。Tシャツにプリントされているのは自作の短歌。