ISBN: 9784106039096
発売⽇: 2024/05/22
サイズ: 19.1×2cm/320p
『「反・東大」の思想史』 [著]尾原宏之
昨今の出版物でとりわけ腹が立つのが「東大生が……」と銘打った本だ。東大生が教える歴史だとか、東大生が選んだ本の紹介だとか、たかだか学生をどうしてそこまで持ち上げるのか。
それでも売れるのは、この国では東大という名に不思議な魔力が宿るからだろう。魔力、魅力、そして権力。様々な力を持つ東大という存在に、抗(あらが)った人たちの歴史が本書にはある。トップバッターは慶応義塾を創設した福沢諭吉。だが福沢は最初から「反・東大」ではなかった。
その証拠に息子2人をできたばかりの東大予備門に入れている。2人は健康を害して慶応に移るが、福沢が官立学校の意義を認めていたのは明らかだ。慶応の学生が東大へ進学できる仕組みを作ろうとしたこともある。
しかし私学への抑圧が強まるにつれ、福沢は官学批判の急先鋒(きゅうせんぽう)となる。教育はあくまで私的なもので、政府が高等教育に国費を出す必要はないと、官学の廃止や民営化を主張した。お金に余裕のある家の子しか大学に入れなくなっても、それはそれで仕方ない。「学問のすすめ」から逸脱するような議論に至ったのは、東大が持つ力への反発ゆえか。
本書がたどる「反・東大」の系譜は多岐にわたる。帝国大学の特権に異議を申し立てた私立法律学校。帝大卒の指導者を拒否した労働運動。東大解体を叫んだ全共闘。それぞれが生き生きと描かれるが、全体を通すと曼荼羅(まんだら)を見ているような気分になる。中央に鎮座する大日如来が東大。なんともしゃくである。
それでも明治以来の批判者たちが、東大の問題点を暴いてきたのは間違いない。ときの政府に奉仕する人間をつくる「藩閥御用機械製造大学」。若者を矮小(わいしょう)にする「詰め込み主義」。外来の思想を中継ぎするだけの「電話交換所」。そんな問題は東大から、各大学に輸出されたようにも見える。いま、どこまで克服できているだろう。
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おはら・ひろゆき 1973年生まれ。甲南大教授。専門は日本政治思想史。著書に『軍事と公論 明治元老院の政治思想』など。