ISBN: 9784750518459
発売⽇: 2024/07/19
サイズ: 18.8×2cm/224p
「標本画家、虫を描く」 [著]川島逸郎
今日は8月最後の土曜日。山育ちだったから、わたしは夏休みの自由研究でよく虫を取り上げたよ。でも、やっぱり虫の絵をうまく描ける友だちは一目置かれたね。だから、この本を開いた時には驚いた。とくに最初の方に出てくるカブトムシの絵! この一枚を見るだけで、この本を手にする価値がある。でも、うまいだけじゃない。この本の著者は、なんと半世紀にわたって虫の絵を描き続けてきたというのだから並大抵ではないよ。そのかん、この本の著者のなかで虫の絵(「標本画」と呼ぶんだ)は研究から職業へ、職業から哲学にまでのぼり詰めていった。この本を読んでいると、そのことがとてもよくわかる。ふだんみんなは、こういった標本画を図鑑などで見るだろうから、その絵をどんな人が描いたのか、どんな気持ちで描いたのか、どんな苦労があったのか、知らないままだよね。でも、この本にはそんな思いの丈があますところなく描かれていて、これから標本画と出会ったとき、見え方がぜんぜん変わってくると思う。苦労について言えば、この本の著者は眼(め)を患って、30代のはじめに「意のままにものを見ることができなくなって」しまった。でもそれ以来「虫に限らず何を見るにも実体顕微鏡でのぞくより他にはなかった」のが、この著者の標本画の細やかさに拍車をかけたんだ。ほかにおもしろいエピソードもたくさんあるよ。顕微鏡をのぞいて観察に不要な虫のパーツをえり分けるのに、人間の鼻毛やまつ毛を使うとうまくいくらしく、鼻毛の具合が評判いい研究室の先生におねだりして抜いてもらったなんて、思わず笑ってしまったよ。最後になったけど、この本はとにかく図版の印刷が素晴らしい。点というより粒子と呼びたい著者の技芸が存分に堪能できる。でも、末尾のほうではあの害虫「G」の精確(せいかく)極まりない標本画も出てくるから、苦手な方はどうかご注意を。
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かわしま・いつろう 1969年生まれ。生物画家。日本トンボ学会員など。著書に『虫を観(み)る、虫を描く』。