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「テヘランのすてきな女」書評 生の声を聞いて 色彩を「発見」

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月07日
テヘランのすてきな女 著者:金井真紀 出版社:晶文社 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784794974266
発売⽇: 2024/06/25
サイズ: 2.5×16cm/320p

「テヘランのすてきな女」 [文と絵]金井真紀

 単色に染まったかのように見える世界にも色彩はある。それを〝発見〟するのが著者の持ち味だ。今回もそうだった。遠い国、イラン。知らない国。見えない国。だからこそ飛び込んだ。小動物のように注意深く周囲を見回しながら、テヘランの街を駆け抜ける。見えてきたのは繊細で鮮やかなペルシャ絨毯(じゅうたん)のような幾何学模様だった。
 きっかけは女子相撲だ。相撲好きの著者は、イランにも女子相撲が存在することを知り、道場破りよろしく同国へ乗り込むことを考えていた。そんな時に「反スカーフデモ」が起きる。スカーフの被(かぶ)り方が悪いと警察に連行された女性が死亡し、イラン女性たちの抗議行動が広がった。イランで生きる女性たちの生の声を聞いてみたい。そうした思いだけを抱えて体当たり取材を敢行した。
 ある弁護士は「反スカーフデモ」を「女性、命、自由」の運動だと訴えた。「演技しないで生きたいだけなの」。そんな言葉にウルウルしながら、しかし著者はさらに取材を続ける。スカーフに抵抗する女性だけではない。そうした女性たちを監視する風紀警察官、全身をチャドルで覆った敬虔(けいけん)なムスリムにも話しかける。
 著者の「知りたい」は止まらない。入浴施設(ハンマーム)の垢(あか)すり女性、作家、美術家、移民、美容師など、話を聞いた女性は30人以上。もちろん念願の女子相撲選手とも対面。一緒に稽古するなどの場面は実に微笑(ほほえ)ましい。
 言葉を奪い取るのではなく、まるで隣で寝そべるようにして相手の懐に忍び込む著者の人柄は、時にハッとするような証言も引き出してしまう。
 LGBT当事者は、イランは世界一、性別適合手術が多いと打ち明けた。理由は「同性愛は死刑だから、好きな人と一緒にいたい場合は手術するしかない」。しなやかに、切実に、ここでも多様性は生きている。
 随所に泣き笑いが満ちている。イラン女性への愛が詰まった、ラブレターのような一冊だ。
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かない・まき 1974年生まれ。文筆家・イラストレーター。著書『パリのすてきなおじさん』『世界はフムフムで満ちている』など。