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「柚木沙弥郎 旅の手帖」書評 眼と心で街の重さを受け止めた

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年10月19日
柚木沙弥郎 旅の手帖: 中世美術に憧れて 著者:柚木 沙弥郎 出版社:平凡社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784582839708
発売⽇: 2024/08/23
サイズ: 13.5×18.5cm/232p

「柚木沙弥郎 旅の手帖」 [著]柚木沙弥郎

 自由な心とユーモアを持って、いつも人の営みを前向きにとらえる。
 本書を読み進めるにつれ、著者の旅の仕方は生み出してきた作品とつながることに気づいた。美しさに対してだけは、厳しく自分の眼(め)で向き合うところも、同じに思う。
 この秋も大規模な企画展が始まるが、著者は今年1月に101歳で亡くなるまで精力的に創作を続けた。ヨーロッパの中世美術に憧れて、初めての海外にひとり旅立ったのは1967年、40代半ばのことだ。
 就航したてのJAL世界一周線でまずカイロ、西欧をめぐって最後はパリから北欧への2カ月。スケッチブックを手に、石造りの街の重さを全身で受け止め歩く。みる。食べて寝て、また歩く。
 日記につづる言葉は簡潔、ゆえに率直だ。
 バチカンでミケランジェロ「最後の審判」の「堂々たる塊」に「圧倒され」る。パリの聖堂のきらきら輝くステンドグラスは「これを絵として写しとることは難しい」。染色家の心が動き、形や色や光をつかんでいく現場に立ち会うようで胸が躍る。反対に、誰の作でも眼が拒否すれば、著者は「つまらない」と遠慮なく、ただしささやかでも別の楽しいことを書いて、その日の筆を置く。
 インターネットのない当時の旅は、切符の予約や宿探しにも時間がかかる。旅の時間は、無限には手に入らない。
 フィレンツェ近郊の古道具屋で、大きな水注(つ)ぎを買わなかったことを悔やんだ日、「これは欲かも」「出来る範囲を充分楽しむ」と書いた。
 「生涯のやり方をこれと同じで」「今を大切に」と続く。予告通り著者は創作の手を少しずつ伸ばし、止めなかった。
 本書と同時に『柚木沙弥郎自選作品集 旅の歓(よろこ)び、旅の色彩』が刊行された。帰国後に思い出をまとめたアルバムも収められている。楽しい。
 「いい旅でした」と声が聞こえてくるようだ。眺めるこちらまで、なんだか懐かしくなる。
    ◇
ゆのき・さみろう 1922年生まれ、2024年没。染色家。『魔法のことば』などの絵本や挿画も多く手がけた。