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「ナチズム前夜」書評 襲撃・暗殺・容認する社会の末路

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月09日
ナチズム前夜 ワイマル共和国と政治的暴力 (集英社新書) 著者:原田 昌博 出版社:集英社 ジャンル:歴史

ISBN: 9784087213294
発売⽇: 2024/08/09
サイズ: 10.6×17.3cm/400p

「ナチズム前夜」 [著]原田昌博

 ヒトラー率いるナチ党は、まだ弱小勢力だったころから自前の武装組織を持っていた。悪名高い「突撃隊」である。褐色の制服に身を包み、ナイフや銃を手に政敵を襲う。ナチスならではの暴力装置かと思っていたが、どうも違うらしい。
 本書によると、政党軍ともいえるこうした組織は、当時のワイマール共和国ではありふれた存在だった。右派には「鉄兜(てつかぶと)団」なる組織があり、当初は突撃隊より規模が大きかった。穏健左派の社会民主党にも政党軍はあった。
 ナチス国家はどのようにして生まれたか。背景について様々な説明がなされてきた。第1次大戦の賠償金の重さや、生活困窮への不満。ユダヤ人に対する差別感情。しかしヒトラーの権力奪取までの十数年を分析した著者は、それだけでは十分ではないという。焦点をあてたのが「政治的暴力」の蔓延(まんえん)だ。
 民主的な憲法を擁するワイマール共和国だが、政党が用いたのは言論だけではなかった。とくにナチ党と共産党はヤクザの抗争さながら、お互いの拠点を襲撃した。街頭での暴力の行使が、集会やデモと並ぶ政治宣伝となり、失業者や若者を引きつけた。「暴力で状況を変えられるという誤った信念が社会に浸透した」と著者は述べる。その延長線上にあるのが、権力と暴力が一体化したナチス国家だった。
 読みながら頭を離れなかったのは米国大統領選だ。4年前は暴徒による議事堂襲撃にまで発展した。今回の選挙運動中にもトランプ氏の暗殺未遂事件が起きた。富豪イーロン・マスク氏が「誰もバイデン氏やハリス氏の暗殺を試みようとさえしない」と発言したのは、暴力の容認にも思える。政治的暴力はもはや日常なのか。日本でも元首相が凶弾に倒れている。
 歴史が未来を予言できるわけではない。しかし前世紀ドイツがはまった「落とし穴」からは、いまも学ぶべき点が多そうだ。残念ながら。
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はらだ・まさひろ 1970年生まれ。鳴門教育大教授。著書に『ナチズムと労働者』『政治的暴力の共和国』など。