40代の実感を反映させたくて
――10代の少女が主人公だった「成瀬」シリーズから一転、今回は40歳の男性が主人公です。
今まで中学生、高校生を「成瀬」で書いてきたので、今度は大人の視点からにしようというのはあったんですけれど、自分が実際40歳を迎えてみて、やっぱり30代から40代へ、10の位が変わるという実感があったので、それをケンちゃんにそのまま反映させようと思って40歳の主人公にしました。
――十の位が変わるのは気持ちとして大きかったと。
そうですね。40歳になってその瞬間に全てが変わるわけではないんですけれど、若い頃と比べるとやっぱり体力も落ちてきて、一方で私の場合は作家デビューして、若いころには想像できなかったことがいろいろと起こっている。それが必ずしも悪いことばかりじゃないし、楽しいことも、悩むこともあるので、それを40歳という年齢に反映させたと思います。
――婚活をテーマに設定したのはどういった理由からでしょうか。
担当編集者がもともと、婚活パーティーの司会を大学時代にアルバイトでやっていたという話を聞かせてくれて、「是非、宮島さんにも婚活を書いてほしい」というお話を頂いたものですから。聞いていて「ちょっと面白そうだな、書いてみようかな」という気持ちになったので。
猪名川健人が関わっている「ドリーム・ハピネス・プランニング」は手作り感あふれるパーティー、と書いてるんですけれど、それこそ手作り感満載の「阿部寛のホームページ」とか、麦茶を作るとか、実際に聞き取った話なんですよね。そこに「こういう人たちがパーティーに集まったらこんな風になるかな」と想像して書いています。
――男性の婚活にしたのはどうしてですか?
男性の婚活というより、まず鏡原奈緒子という伝説の女性司会者を書くところから始まっていて。もちろん鏡原さんを視点人物にしてもいいわけですけど、鏡原さんを描く他者がいたほうがいい。その時に、あまり婚活にガツガツしている人よりは、まず興味ない人。それで猪名川健人という人物が出てきたという感じです。
――猪名川健人はウェブライターという設定です。宮島さんもご経験があるとか。
話の展開上、時間に融通が効く方がいいので、在宅ライターで家にずっといるという設定が思い浮かびました。たくさん量をこなせばそれなりに収入が増える仕事なので、絶対これで生計を立てている人もいるだろうなと思ったんですよね。「まとめサイト」とか、どんなことを書いているかも分かっていて、そういうことを表だって言いたくない、みたいな気持ちは私も感じたことなので、その時の実感が割と猪名川健人に反映されていますね。
――今作は婚活パーティーという名目で皆さん集まってはいるけど、結婚したくてたまらない人は少数派で、何かちょっと違う人との出会い、つながりを求めて来ている感じがありますね。
そうだと思います。最初は全国各地でパーティーをやる「流しの婚活」のような案もあったんですけれど、それよりは何か拠点があった方がいいなと思って、今の形になりました。
「成瀬」のミシガン号ふたたび
――今回の舞台は浜松です。宮島さんは静岡のご出身ですが、浜松ではないんですよね。
そうです。浜松は行ったことなくて。「ミシガン」に行くに当たって日帰りできる距離を考えた時に静岡になったんです。そしてある程度、規模感のある都市じゃないと人が集まらないと思ったので、人口が多めの静岡県浜松市にしました。でも実際に静岡の人から「違和感がなかった」と言って頂いたのでよかったです。静岡の人たちもすごく喜んで下さってますし。
――婚活パーティーでは滋賀県に日帰りバスツアーで行く場面も登場します。琵琶湖周遊観光船の「ミシガン号」は「成瀬」シリーズの成瀬あかりも乗っていました。
これも編集者のアドバイスで「是非またミシガン出しましょう」と言われて。結構インパクトあるし、大人が乗っても楽しい船で、婚活で行くにしても雰囲気も良いので、ちょうどいいなと思って書いたんですよね。実際に書いてみると、バイキングもやったりして、成瀬が見る「ミシガン」とはやっぱり視点が違うな、書きようは他にもいっぱいあると感じました。
――ラストは、さらなる展開を匂わせる終わらせ方でした。あえてこの形にしたのはどうしてですか?
嫌な感じにはしたくない、皆それぞれ幸せになってほしいなとは、筆者としても祈るところですよね。健ちゃんと鏡原さん、そして婚活パーティーに出てきた人々も、カップルにはならなくても、何かしらの出会いや経験を得たりするわけですよね。そういうことが将来生きてくるかもしれないということはあります。
でも、すごい考えましたね。この40代の男女2人がどうなるかはやっぱり焦点のひとつだと思うので、そこは書いた方がいいなとは思ったんですけど。これから読む方は是非、お楽しみにして頂きたいなと思います。
――ちなみに続編は?
続編を書くつもりはないですね。これでもうベストの終わりだと思っているし、その先は読者にゆだねたいところなので。
――『婚活マエストロ』はどんな人に読んでほしいですか?
結婚願望がある人とか、婚活をしたい人だけの小説では全然ないですし、「婚活もの」はちょっと苦手だなと思われるような方も、「あれ、これだったら楽しい」と思う人も絶対いると思うので。ぜひ読んで頂けたらいいなと思いますね。
お子さんも楽しんでもらえるものを
――本屋大賞受賞後も、滋賀県を拠点に執筆活動を続けています。
東京に行ったら取材を受けたりサインをしたりと本当に大忙しで、分刻みのスケジュールでやってるんですけど、家にいるときは、あまり普段の生活は変わらないですね。ずっとパソコン立ち上げておいて、書きたい時に書くスタイルで。
――今後のご予定は。
「成瀬」は第3巻まで書くと言っていて、現在執筆中です。今は「成瀬」の読者がお子さんも多いので、お子さんでも楽しんでもらえるものを書きたいなっていうのは意識としてあって。『婚活マエストロ』も出てくる人の年齢は高いんだけど、小学生でも読める内容になっていると思うし、次に予定しているのは高校の部活の話なので、学生さんがたくさん読んで頂けるじゃないかなと思ってますね。
インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、宮島さんのインタビューを音声でお聴きいただけます。