第174回芥川賞・直木賞の贈呈式が20日、東京都内で開かれ、3人の受賞者が喜びを語った。
「時の家」(講談社)で芥川賞を受けた鳥山まことさんは、建築士でもある。受賞作が生まれたきっかけは、妻と設計した自宅の施工中に、窓の横に職人らによる走り書きのスケッチを見つけたことだったという。「自分の家がたくさんの人の経験、苦労や検討が積み上がってできること、同時にこうした痕跡のようなものは仕上がってしまえば何も残らないということに気づき、何とかして残さなければいけないと考えた」と述懐した。
一方で、建築は家に限らず、設計にも様々な専門分野があることにも気付いたとし、「私はまだ家を書いたに過ぎない。まだまだ書くべきものがあり、それを書くことが今の自分をわくわくさせている」。
「叫び」(新潮社)で同じく芥川賞の畠山丑雄さんは、うれしさとともに、パーティーに居心地の悪さも感じると話し始めた。人は移動するもので、一つの場所にとどまれないが、「そのむなしさや寂しさも、移動ができないつらさに比べれば、大したことではない」。パーティーから帰れないのはまだいい方だとし、大好きなエーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」から、マルチンが貧しさゆえクリスマスに家に帰れない一節を引用。受賞作の主人公も大阪の茨木市にとどまったと言及し、「小説は移動が間に合わなかった人々のためにこそ書かれるべきだ。この小説を、移動の間に合わなかったすべての人々に捧げたい」と語った。
「カフェーの帰り道」(東京創元社)で直木賞を受けた嶋津輝さんは、受賞が決まってからの日々について、「数々の不慣れなことに翻弄(ほんろう)されながら、いまだ小説の書き方がわからない自分にこの大きな賞はまだ早いのではないかと、時折おじけづいていた」。それでも、80代の両親をこの場に招待できたことで「親孝行が間に合ってよかったと安堵(あんど)した」という。
開催していた冬季五輪で、競技を終えた選手たちが一様に周囲の支えへの感謝を口にすることに触れ、「以前はこのような謝辞は慣用句として聞き流していたが、今回ばかりは心の底からあふれ出た言葉だということを理解できる」。こう述べて、編集者たちと両親、そして「マイ・ラビング・ハズバンド」へ感謝の思いを伝えた。(堀越理菜)=朝日新聞2026年2月25日掲載