【谷原店長のオススメ】ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」 「虚構」を軸に人類史をとらえ直すと
アフリカを起源とし、細々と暮らしていたホモ・サピエンス。それがどうして世界じゅうに広がって食物連鎖の頂点に立ち、文明を築いていったのか。そして近代になって、なぜ文明が爆発的な進歩を遂げたのか。今回ご紹介する本は、われわれ人類の歴史を、太古の昔からひもといていく大作です。もともと、日本人のルーツ――縄文人や弥生人、海洋民族、北方民族――に関心を抱いてきた僕は、夢中になりました。「そもそも人間って、どこから来たのか」、そして「人間とは何なのか」。そんな永遠の謎に迫っていく一冊です。
読み進めていくうちに、まず感じたのは、人間という存在がいかに強欲で、欺瞞的であることか、ということ。歴史学者の目を借りて眺めてみた時に、改めてそれを強く感じます。何万年という長大な年月を経るなかで、食物連鎖のヒエラルキーにおいて、もともと「てっぺん」ではなかった人類。僕たちがその存在について疑問を持たないような、たとえば国家や国民、企業や法律、さらには人権や平等でさえも、「虚構」である、と著者は説きます。
その「虚構」をうまく組み上げていくことで、今の覇権的な地位を手に入れることができた、と主張します。人間が、動物界では弱い存在だからこそ、のし上がる手段であったのが「虚構」。想像を膨らませ、村落を超えて人同士がつながることを繰り広げ、世界を制覇していった。そうした「虚構」をもとに皆が力を合わせ、この地球における覇権的な地位を手に入れていった。それは他の動物種には起こり得なかったことです。ホモ・サピエンスとは、地球上において極めて「異端児」の存在である、ということがわかります。
ネアンデルタール人、ホモ・ルドルフェンシス、ホモ・エレクトス……いくつかの原始人間が交雑して今のホモ・サピエンスにつながったのか。それとも、他の種を滅亡させ、ホモ・サピエンスだけが生きながらえたのか。この本の中では、いくつか仮定のストーリーとそれに対する見解が提示されます。もしもホモ・サピエンスの遺伝子に、他の原子人間(祖先)の遺伝子が濃く混ざり合っているのなら、平和的に混ざっていったと予想がつきます。ところが、どうやらそうではないらしい。いっぽう、混ざり合いの実態が「ゼロ」であるならば、おそらく生きながらえた方が他方を虐殺した、と仮定できるけれども、それとも違うらしい。いわば「殺しつつ、相手と交流し、交雑している」。そんな状況すらも「いかにも人間っぽいな」と溜息をついてしまいます。自分たちの集団が「異物」である集団と交わることへの禁忌の意識、抵抗の心情が、どれほど強かったのか。そんなことに思いを馳せずにいられません。
本書の上巻には、「農業革命が史上最大の詐欺だった」という、斬新な説が載っています。狩猟生活を営んでいた人間は、やがて農耕を始めましたが、却って狩猟採集社会よりも苛酷な生活を人類に強いることになった、と著者は振り返ります。みんな、貧しくなりつつも、安定的に食料が得られる。だから農耕民族が増えていった、という視点です。
そこで思い出すのは、星野之宣さんによる漫画「宗像教授」シリーズです。この「世界篇」では、狩猟民族が農耕を始めることになったのは、大きな隕石が落ちて地球が一気に寒冷化したせいで獲物を獲れなくなったから、とされています。狩猟のような博打ではなく、安定的に暮らす道を模索し始めたのは、隕石のせいだというのです。
今回ご紹介する本では、隕石のような外的要因ではなく、人類が自らの認知を変え、連携して環境を支配していく、というストーリーに重点を置いています。そうした視点の相違も、また読みどころの一つです。
究極の「虚構」であり、同時に最も効率的な相互信頼の制度であるもの。それは「貨幣」だ、と著者は説きます。「貨幣」こそが、世界を統一させる原動力となり、文明は劇的な進歩を遂げるきっかけになっていく。まるで地球そのものを俯瞰するように、物語は過去から現在、そして未来へと繋がっていきます。
それにしても皮肉なのは、産業、モータリゼーション、ITなど、世界が飛躍的な発展を遂げていくなかで、人間はより豊かになり、便利を勝ち取り、自由な時間が増えていくのか、と思いきや、実際はそうではなかったこと。メール、スマホ、オンライン、キャッシュレス決済……。余計に新たな物理的・心理的負担が増え、もはや取捨選択できない状況に追い込まれている。わざわざ自分たちの手で、自分たちを苦しくしている。そんなことがなんだか増えてきたと思います。一連の「改良」は、どれもこれも、本来は人間生活を楽にするためだったはずなのに。
贅沢品はいつしか必需品となり、手に入れたらそれに付随し、「もうちょっと」という欲求が生じ、どんどん加速していく。電車に乗ったら向かいの座席のお客さんが全員スマホと睨めっこ。ぼんやり車窓を眺めれば、季節の移り変わりに気づくかも知れないのに。いっそ「デジタルデトックス」のように、敢えてスマホを触らない時間をつくってしまう。そうでもしないと、せっかく長い歴史を経て生き延びてきた僕たち人間が、自らの手であらゆる感覚を鈍化させてしまう危惧があります。
人間がアクセスできる情報量が、飛躍的に高まっている現在、脳内で処理できる情報量の上限をとっくに超えているのでは。そんな「キャパオーバー状態」に誰もが陥っている可能性があります。この本を読み、長大な人類の歴史を振り返ると、はたして僕たちは前に進んでいるのか、後退しているのか、僕たちはどこへ連れて行かれるのか、さまざまな思いが込み上がってくるのです。
先ほどご紹介した漫画「宗像教授」シリーズのほかに、漫画『イリヤッド~入矢堂見聞録』(魚戸おさむ・画、東周斎雅楽・作、小学館)もぜひ。ネアンデルタール人とホモサピエンスとの関わりが示唆されるフィクション展開があり、ミステリーとサスペンスの合わさった魅力ある歴史漫画です。(構成・加賀直樹)