「異界」に迷い込んだ人々が見たものは 恒川光大郎「幽民奇聞」など収穫3作
この国には古来、〈キ〉と呼ばれる妖(あやかし)めいた集団が存在した。恒川光太郎『幽民奇聞』(KADOKAWA)は、歴史の陰でひっそりと生き続けてきた〈キ〉の者たちの痕跡を、若き民俗学者・鶯谷玄也が訪ね歩くという連作小説だ。
巻頭の「鬼婆図探訪」で玄也は、1年前に死去した画家・松野滝次郎の自宅を訪問し、〈キ〉を描いているらしい絵画を発見する。鬼の面をつけ、夜の道に立つ老女の姿。そのすさまじい絵を生みだしたのは、幕末の動乱期、陸奥国二本松藩で起こった悲劇だった。
東北に進軍してきた新政府軍の攻撃を受け、二本松城下には死傷者が溢れる。少年部隊として戦に参加していた刀鍛冶の息子・タキも、父親や多くの仲間を失って悲嘆に暮れていた。さまよう彼が山の中で出会ったのが、新政府軍のならず者をたちまち撃退してみせた不思議な集団。「わしらは風の如く揺蕩う。生まれた土地に属する者ではない」。自らを〈キ〉だと名乗る老人の紹介で、タキは森に住む盲目の老女・秋姫と暮らし始める。そしてその奇妙な同居生活が、すべてを失ったタキの心を快復させていく。
続く「夢狒々考」では、北陸で語り伝えられる狒々(大猿)の秘密が、古老の語りと狒々自身が残した日記によって明かされていく。〈キ〉には人間だけでなく動物も、超自然的な存在も混ざっているのだ。「最後のキ」では〈キ〉の一員として半生を送った男・松吉の口から、時代とともに数を減らしていった一族の終焉が語られる。そして巻末の「すすき野原の先で」において、玄也は自らが〈キ〉に惹かれる理由を知る。
この魅力的な物語を強いてジャンル分けするなら、幕末から明治を背景にした時代小説ということになる。作者はそこに〈キ〉という架空の一族をつけ加えることで、物語を民話的なファンタジーの色彩に染め上げた。土地に縛られることなく自由に移動し、仇討ちなどの仕事を鮮やかにこなす〈キ〉の者たち。かれらにまつわるエピソードの数々には、作者がデビュー作『夜市』以来書き継いできた、異界への畏れと郷愁、漂泊することへの憧れが刻まれており、一読陶然とさせられた。
酉島伝法『無常商店街』(東京創元社)はSF界の鬼才による、異世界往還の物語だ。主人公の翻訳家・宮原聡は〈環境地域調査研究所〉なる機関の研究者である姉・清美に呼び出され、不図市掌紋町に向かう。清美が商店街の調査で留守にしている間、飼い猫の世話をしてほしいというのだ。右手の手相をかたどったような掌紋町は、幽霊や妖怪の目撃情報が多く、神隠しも頻発するというミステリースポットだ。
姉の住んでいたアパート・仏眼荘で暮らし始めた聡は、近所の書店に足を向けるが、賑やかな商店街の様子が少しずつおかしくなり、迷子になってしまう。酉島作品といえば、特異な言語感覚によって描き出される、奇怪な異世界風景がひとつのトレードマーク。本書でも見慣れた日常が異界へと変化していくさまが、たとえば次のように描写される。
「そこを抜けると広い商店街で、〈断ち喰い華ふがき〉と〈まんじゅ貝ざざ蒸し〉の店に挟まれて、〈フルーツ灌頂〉という名のジューススタンドがあった」「店内のメニューを見ると、ホガモイヤ、新ラーニ果、生こだま、模背世――と順に書いてある」。他にも商店街には〈瑟瑟座〉〈沐浴 りどり湯〉〈まめい亭 せるぺ式配膳〉など意味の分からない看板が並んでおり、聡と読者を大いに困惑させる。聡の前に現れた自称ガイドの男によれば、どうやらこの町は人間の脳に何らかの作用をもたらし、認知のあり方を変えてしまうようなのだ。
聡はこの後も清美の差し金で、ローカルルールでいっぱいの山麓の町や、生前葬が盛んにおこなわれている海辺の町を訪れる。「無常商店街」「蓋互山、葢互山」「野辺浜の送り火」の3話からなる物語は、どこかレトロな手触りの異世界描写と、胸踊るような祝祭性、思わず吹きだしてしまうユーモア感覚が渾然一体となっており、読み進めるのが無類に楽しい。しかもそこにSF的背骨まで通っているのだからたまらない。へんてこな言葉、へんてこな世界、へんてこな物語を愛する読者への嬉しい贈り物だ。
3冊目はぐっとシリアスな作品を。那須正幹『屋根裏の遠い旅』(中公文庫)は、「ズッコケ三人組」シリーズで知られる児童文学の巨匠が1975年に発表した異色の長編。このところ埋もれた児童文学の発掘に力を入れている中公文庫によって、およそ四半世紀ぶりに再文庫化された。
花山小学校6年3組の小坂省平は、友人の松木大二郎とともに教室の天井板をずらし、屋根裏に入り込む。ところが天井から下りてみると、どうも様子がおかしい。かれらの席には見慣れないカーキ色のかばんが置かれ、ネームには〈花山国民学校〉の文字。踏切を通る列車の上には戦車が積まれており、テレビのニュースでは〈きょうの戦線情報〉が流れている。どうやら2人は天井の穴をくぐり抜け、日本が太平洋戦争に勝利したパラレルワールドにやってきたらしい。
5月5日の少国民の日、戦艦大和を見学に出かけた省平と大二郎だったが、プラモデルで得た戦艦の知識を披露したことで、憲兵に目をつけられてしまう。それがもとでクラスののけ者になった2人は、もといた世界に戻ろうと試みるのだが……。
小学生が見知らぬ世界に迷い込み、心細さを覚えながらも、冒険によって成長していくという展開は、大ヒット作「ズッコケ三人組」シリーズの原型とも言えるものだが、それにしても本書の展開は容赦がない。軍国主義が続くもうひとつの日本では、いまだにアジア各地で戦争が続き、国民は多くの犠牲を強いられている。軍部によって情報が統制され、戦争に非協力的な者はスパイ扱いされる監視社会の息苦しさを、作者はあますところなく描いている。
さらに怖いのはそんなディストピアに、省平が少しずつ慣れてしまうという心の動きも巧みに捉えている点だ。「たしかに、最初あの屋根裏からとびおりた日は、おれもショックだった。だけど日がたつにつれて、このみょうな世界が、それほどへんに思えなくなったのだ」。戦中と戦後の境界はどこにあるのか。冒頭に憲法第九条を掲げたこの物語は、令和の現代を生きる私たちにも鋭い問いを投げかける。ラストシーンにおける省平と大二郎の行動がいつまでも記憶に残る、戦争児童文学の傑作だ。