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麻田雅文「日ソ戦争」 戦後日本の位置、規定した戦い

 日ソ戦争とは、一九四五年八月八日以降九月上旬まで満洲(中国東北部)・朝鮮半島・南樺太・千島列島で展開された、両軍あわせて二百万人以上の兵力が動員された全面戦争である。

 本書は、ロシア・アメリカ・日本の一次史料を縦横に駆使して、この戦争がアメリカのソ連への参戦要請に始まり、日本の降伏受諾を挟んで続いたソ連の軍事行動、防戦側の日本政府・軍の実情、戦後世界政治に与えた影響に至るまでを実に手際よくまとめている。

 本書が多くの読者を得ている理由は明らかだ。まず、日ソ戦争についてこのような各国史料を使った総合的かつ読みやすい類書がなかったこと。そして、領土喪失・シベリア抑留など戦後日本がいまだに抱え続けているトラウマの源を冷静に解き明かしていること。ウクライナ戦争によって注目されるロシアの「戦争の文化」のルーツ、ソ連・ロシアの最高権力者の行動様式を具体的に示していること。これらを近年になって利用できるようになったロシア側史料や各国の最新研究の成果に基づいて、丁寧に論拠を掲げながら提示していること、などが指摘できよう。

 本書で示された知見は、日ソ戦争のプロセスだけでなく、戦後の日本の国際的な立ち位置と対ロシア外交に何が必要なのかを考える上で重要だ。

 ただ、本書の記述は非常に抑制的で、著者の見解をもっと押し出しても良かったのではないか。スターリン時代に形成された「戦争の文化」や膨張主義戦略が、指導者の特異なあり方から生まれたものなのか、独ソ戦争での膨大な犠牲のゆえに生まれたものなのか、現在のガザ戦争などを見るにつけ、戦争の被害者が加害者に、被侵略者が侵略者に変容していくプロセスについての著者の見立てをうかがってみたいと思う。

     ◇

 中公新書・1078円。4月刊。9刷7万5千部。担当者は「著者の『シベリア出兵』(中公新書)と同様、類書がない。戦争への関心が高まる中、戦後とのつながりも書かれており、読まれているのでは」。=朝日新聞2024年11月23日掲載