ISBN: 9784760155682
発売⽇: 2024/07/29
サイズ: 19.5×2.9cm/408p
「男はクズと言ったら性差別になるのか」 [著]アリアン・シャフヴィシ
人種差別を非難すると、「差別もまた表現の一つ」といった反論が返ってくることもある。外国人排斥を主張する〝ヘイトデモ〟の隊列に「表現の自由」と記されたプラカードが掲げられることも少なくない。多様性を「なんでもあり」のことだと曲解し、差別もその範疇(はんちゅう)に入るのだと説く者や、差別者への抗議を「言論封じ」だとして非難する者もいる。外国人差別の不当性を訴える記事や論考に対する「日本人差別をするな」のリアクションもいまや〝お約束〟だ。
これらの主張で決定的に欠けているのは非対称的な力関係こそが、差別を生み出していることへの認識だ。
本書名に用いられた「男はクズ」は、数年前にSNSで大きな反響を呼んだフレーズだ。インフルエンサーの女性がセクハラ批判の文脈でツイッター(現X)に書き込んだ。ミソジニスト(女性嫌悪主義者)はこれを男性に対するヘイトスピーチだと批判し、彼女は殺害の脅迫まで受けることになる。だが、著者は社会の権力勾配と、男性性の特徴(ドメスティック・バイオレンスの加害者は圧倒的に男性が多いことなど)に言及しながら、「男はクズ」はヘイトと闘うための言葉であり、「男らしさによって危害を加えられた人々の忍耐の限界を表している」と訴える。不利益を強いられた側からの切実な悲鳴でもあったのだ。
これ以外にも、著者はブラック・ライヴズ・マター(黒人の命は大切)に対抗するオール・ライヴズ・マター(すべての命が大切)なるフレーズの欺瞞(ぎまん)性、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を不寛容な圧力であるかのように忌避する右派言説などを取り上げ、不必要に社会を混乱させる理不尽な〝対抗言論〟に警鐘を鳴らす。
社会における力関係を考慮せず言論の自由を訴える者たちが望むのは、「判断や処罰なしに好き勝手言える抑圧的な言論」だと喝破する著者の言葉に私は頷(うなず)いた。
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Arianne Shahvisi クルド系イギリス人の作家で哲学者。主としてジェンダー、人種、移民、健康について研究している。