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「移民都市」書評 共に生き共に書く学術書の試み

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月01日
移民都市 著者:レス・バック 出版社:人文書院 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784409241660
発売⽇: 2024/10/30
サイズ: 13.2×18.8cm/380p

「移民都市」 [著]レス・バック、シャムサー・シンハ

 昨夏イギリスで、ダンス教室に通う幼い女の子たちが襲われ3人が命を落とした。犯人はイスラム系移民だというデマがSNSで拡散され、各地で反移民感情が高まり、暴動が相次いだ。
 一方でイギリスは、移民を包摂する先進的な取り組みを様々な分野で行ってきた国でもある。学問もその一つ。本書は移民についてではなく、移民とともに書くことを試みた研究書だ。
 「ロンドンに来たのはいつ?」。移民に対するこのシンプルな質問は、出入国管理業務における取り調べのように、ときに威圧的なものになる。著者の社会学者たちは、この威圧的な形式を反復しないようにと、調査者による一方的なインタビューを避けた。
 その代わりに、調査に協力してくれた移民たちとともに、対話するトピックから決めていった。執筆もかれらと協働し、著者としてクレジットした。この調査法を「ソーシャブル・メソッド」(社交的手法)と名付けた。
 そうして移民の日常や苦悩を描く本書が編まれた。ドミニカやガーナから来たロンドンの移民たちは、管理・選別され、新参者という呼び名に葛藤し、在留許可を待ち続ける。オーウェルは国家に統制されたディストピアを想像したが、現実には外部委託され民営化された新自由主義的なディストピアが現れた。移民たちはこの状況に抗(あらが)いつつ、国境をまたいで柔軟に生きていく。
 本書は移民の現実と学術理論を往復する。そのキーコンセプトは「コンヴィヴィアリティ(共に生きること)」だ。共に生きていくためには、日常的な多文化的風景を注意深く観察しつつ好奇心を抱く能力、他者の立場に身をおいて思いやる能力が役に立つという。
 著者たちは、調査法とは「描かれる人びとに対する責任感」に関わるものだという。学術書である本書はちょっと難しいけれども、移民のリアルを伝える心のこもった民族誌なのだ。
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Les Back 英グラスゴー大教授(社会学)。Shamser Sinha 同サフォーク大上級講師(社会学)。劇作家。