北沢陶「骨を喰む真珠」インタビュー 美しくておぞましい、大正ゴシックホラー

――衝撃のデビュー作『をんごく』以来、1年2か月ぶりとなる待望の新作『骨を喰む真珠』が発売されました。前作が大きな話題を呼んだだけに、第2作の執筆にはプレッシャーがあったのでは?
はい、結構苦労しました。『をんごく』を書いた頃はまだアマチュアだったので、好きなものを好きなだけ時間をかけて書くことができたんですが、今回は決められた期限もありますし、仕事として受けたからには作品の質も保たないといけない。仕事として小説を書くのは大変だとあらためて実感しましたね。
――新作の方向性はすんなり決まりましたか。
実は最初に提出したプロットが没になってしまって、その時はどうしようかと焦りました。その時、編集さんに言われたのは「歪みながらも発展せざるを得ない 、大正時代の大阪を書いてほしい」ということ。そういうオーダーを受けるのも初めての経験だったのですが、『をんごく』では発展する大阪の光の面を書くことが多く、工業都市としての負の面にあまり触れることができなかった。それは書いておくべきかもしれないと思いました。
――大規模な工場が相次いで建設され、かつて「東洋のマンチェスター」と呼ばれていた大阪。その発展の裏で、大気汚染が深刻な問題になっていたそうですね。
大阪は大正14年に近隣の地域を合併し、日本一の大都市となります。工業都市として急速な発展を遂げ、その中でさまざまな文化が花開くのですが、一方で煙害はかなり深刻で、主人公の新波苑子のように健康を害する人もいたそうです。そのため船場などの裕福な商人は大阪を離れ、環境のいい兵庫に邸宅を構えるようになる。今回重要な舞台になっている芦屋も、そうして発展した土地。大正時代は15年と短いのですが、その間にも大阪はめまぐるしく変化を遂げているんです。
――主人公の新波苑子は新聞記者。男性社会の新聞社内ではっきり自分の意見を口にする苑子は、不遜で傲慢だと見なされ、日々嫌がらせを受けています。
当時は女性記者の立場がかなり弱くて、実際にからかわれたり、子どもじみた悪戯をされたりということがあったそうです。能力が高い女性ほどやっかみの対象となり、反論すれば生意気だといわれてしまう。主人公の苑子はそうした風潮に、真っ正面から反論していくキャラクター。自分の意見をはっきり主張する女性を主人公にすることで、物語にいっそう面白さが生まれるのではないかと考えました。
――記者として活躍したいと願う苑子に、編集長が押しつけたのは身上相談欄の担当。「婦人は細やかな心で人々の悩みに答えるだろうから」というのがその理由です。
当時の川柳で「号外に関係のない婦人記者」というものがあったようです。新聞社に入っても社会面、政治面などは任せてもらえない。アイロンのかけ方、染みの抜き方といった家庭向けの記事か、著名人の家族に取材して談話をまとめる訪問記がほとんどでした。同僚の操は世の中はそんなものだと受け入れているのですが、苑子にはそんな状況が納得できないんですね。
――そんなある日、大手製薬会社社長の息子・丹邨孝太郎から、自らの窮状を訴えているらしい奇妙な詩が投書されてきます。異変を察知した苑子は編集長に直談判し、丹邨家への「化け込み」を決行します。
化け込み、現在でいう潜入取材です。男性記者はスラムなどに入り込み 、女性記者は物売りやダンスホールのダンサーなどになって、一般読者の知らない世界をレポートするという方法が、明治後期から昭和初期にかけて 実際に取られていました。苑子のように何日もお金持ちの家に入り込んだ例は資料で見つけられなかったのですが、ストーリー上必要だったため、あえて長く潜入させています。
――絵の家庭教師を装って、芦屋に建つ丹村家の邸宅に入り込んだ苑子。大正時代の富裕層のモダンな暮らしが、丁寧に描かれていてひとつの読みどころになっています。
日本近代文学を好んで読んできましたし、デビュー前にも戦前を舞台にした小説を書いていたので、こういう雰囲気が好きなのだと思います。ただ資料を調べて書くのはやっぱり大変ですね。今回は女性の衣装の書き分けに苦労しました。どんな生地の着物を身につけているかで、その人の社会的地位や季節が分かってしまう。キャラクターの性格やTPOに合わせた着物を決定するまでに、時間がかかりました。そんな時代を利用して、あえて着物で違和感を演出する、ということにも挑戦しています。
――一代で財を成した丹邨光将、自らの若さと美貌を誇る妻・登世、体調を崩して部屋に閉じこもる長男・孝太郎、溌剌とした長女の礼以。怪しげな家族の秘密をめぐって展開する物語は、和製ゴシックホラーとでも呼びたくなる雰囲気。家族がそれぞれ秘密を抱えているという設定は、『をんごく』とも共通するものですね。
自分では意識していませんでしたが、家の話が好きなのかもしれません。大正時代は旧来の家制度が残っている一方で、新しい個人主義的な価値観が広まりつつありました。当時の身上相談を読んでみると、「親の決めた許嫁に納得がいかない」という相談と、「父母の同意なしに結婚するなんていや」 という声が入り混じっていて、価値観の変化が感じられます。そういう面から見ても、大正時代の家というのは面白い題材なのかなと思います。
――丹邨邸内の秘密を、身分を偽って潜入した苑子が少しずつ探っていく。この部分のスリルとサスペンスが絶妙です。
第一稿を書き上げた時点で、「もっと怖くしてください」と編集さんから指摘されたんです。苑子の身にどんなことが起こったら怖くなるのかを考えて、いくつかエピソードを差し挟みました。ですので怖いと感じていただけたなら、編集さんのアドバイスのおかげですね。まだまだ読者を恐怖で楽しませるという意識が足りないな、とちょっと反省しました。
――特に怖かったのが、苑子が食堂であるものを発見するシーン。あそこは前半の恐怖の山場だと思います。
そこがまさに加筆したシーンなんです。映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、過去の変化が現在に及ぼす影響を、写真から消えていく主人公という分かりやすいアイテムで表していますよね。重要な事実はああいう形で、はっきり目に見えるように表現した方が伝わりやすいし、強く印象にも残ります。そんなシーンになるように、丹邨家の秘密が一目で分かるアイテムを隠しておきました。
――丹邨家の秘密に深く関わっているのが、丹邨製薬で開発中の新薬。苑子の咳をぴたりと止めてくれたその薬には、ある意外な成分が含まれていて……、今回記事に書けるのはこのあたりまででしょうか。
はい。そこから先は何をお話ししてもネタバレになってしまいそうで。インタビューなのにお話しできないことばかりですみません(笑)。
――北沢作品は大阪弁へのこだわりでも知られます。『をんごく』では大正期の船場言葉を再現されていましたが、今回はどのような点に気をつけられましたか。
『をんごく』で書いた船場言葉は限られた地域での方言で、しかも明治生まれか大正生まれかでも微妙な違いがある、という点で苦労しましたが、今回はそこまで特殊な大阪弁ではないので、前作よりさらに細かいところにこだわれました 。当時の大阪弁を書くうえで参考になったのは、上司小剣の『鱧(はも)の皮』という小説です。あの小説で書かれている台詞は、当時庶民に話されていた大阪弁に近いような気がします。ただ「ややこしおますな 」といった柔らかい響きの大阪弁と、謎を解いたり議論したりする台詞をうまく噛み合わせるのが難しかったですね。大阪はツーカーで通じ合う文化ですから、「これはこうなんじゃないでしょうか」という理屈っぽい言い回しが、なかなかしっくりこなくて。
――物語後半には、魅力的な異形のキャラクターが登場します。『をんごく』の化け物・エリマキといい、北沢さんは異形を書くのがお好きなのでしょうか。
好きです。わたしは『少年ジャンプ』系の少年マンガをよく読んできたんですが、少年マンガには魅力的な化け物や異形が登場することが多いじゃないですか。そうしたキャラクターを自分でも生み出したい、という思いがあるんだと思います。人ならざるものの造形を想像するのは楽しいですよ(笑)。わたしが目指しているのは美しさとおぞましさが同居した作品。それを端的に示してくれるのが、異形のキャラクターたちでもあると思います。
――苑子の取材は予想もしない事実を掘り当ててしまい、やがて凄絶なクライマックスが訪れます。ここまで書くのか、と容赦のない展開に息を呑みました。
この作品は中盤で大きくストーリーの流れが変わりますし、恐怖の質も変化します。前半はじわじわと迫ってくるようなサスペンス的な怖さで、後半はもっと直接的でショッキングな怖さ。二つの異なる恐怖を味わってもらえたらと思います。
――『をんごく』同様、喪失の先にあるものを描いているからでしょうか。残酷な物語であるにもかかわらず、後味は決して悪くありませんね。
短編ではバッドエンドでも構わないと思うのですが、長編では救いのあるラストにしたい。それは自分が本を読んでいても感じることです。いくらホラーでも長編で結末に一切救いがないと、若干しょんぼりしてしまいます(笑)。わたしが書きたいのは、登場人物がそれぞれ何かを失っていて、でもささやかなものが手元に残っている、という結末です。誰かにとって意味のある悲劇というか。『骨を喰む真珠』の結末もそんな思いで書きました。怖いのが苦手という方にも、楽しんでもらえたら嬉しいのですが。
――恐怖と幻想に満ちた、北沢さんならではの大正ホラーを堪能しました。ところで冒頭におっしゃっていた、「没になったアイデア」とはどんなものだったのでしょうか。
大正期の女学校で怪しい事件が起こる、という話でした。第2作として出すには、ちょっと地味だったのかもしれません。気に入っている部分もあるので、いつか形にできればと思っています。打ち合わせでこのアイデアが没になって途方に暮れた時に、思い出したのが本屋さんでたまたま見つけた平山亜佐子さんの『明治 大正 昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)というノンフィクション。目にした瞬間、「これを題材に何か書けそう!」と直感していて、「化け込みはどうですか」と持ちかけてみると好感触で 。やはり本屋さんには足を運ぶものだな、と思っています(笑)。