
ISBN: 9784000245555
発売⽇: 2024/07/29
サイズ: 3.9×18.8cm/480p

ISBN: 9784000245562
発売⽇: 2024/09/27
サイズ: 4.2×18.8cm/512p

ISBN: 9784000245579
発売⽇: 2024/11/28
サイズ: 5×18.8cm/608p
「比翼の象徴」 [著]井上亮
大著であることに驚いてはならない。平成の天皇と皇后をその周囲の人々を含めて、一つの時代としてきちんと描く試みなのだから。
著者は皇室取材を長く担当したプロの新聞記者として多くの資料を集め、生まれついての皇太子が天皇として生前退位をとげるまでを「日録」のように書き進めていく。それは決して淡々とではなく、血湧き肉躍るでもない。どちらかといえば、著者の筆致は、明仁さんと美智子さんを前に、喜怒哀楽を隠さぬ感がある。それはタイトルの「比翼の象徴」が表しているように、平成の天皇夫妻を前にして、著者が心に秘めてきた「象徴学」ともいうべき領域に踏み込んだからだ。
著者は「平成流」を評価する。頑迷固陋(がんめいころう)の皇室のあり方には目をそむける。しかし神ならぬ人間の所業に、特に皇室という言わず語らずながら、いつのまにか知らしめられている世界は、理解するのが難しい。
しかも「大衆天皇制」と言われたように、明仁さんと美智子さんの時代は、メディアを通してのイメージ作りとそれの国民への反映を常に考えねばならぬ。「平成流」を生み出した明仁さんと美智子さんは「象徴学」的に言うならば、国民に寄り添う様々な試みを、天皇皇后になる前の時代から、長く行っている。それはあの戦争に苦しんだ人々、特に沖縄、それから病気や障害で苦しむ人々、およそ社会的弱者のところへ何度となく足を運んでいる事実に現れている。ひざまずいて同じ目線で手を握りながら積極的に声をかける姿が浮かんでくる。美智子さん主導でやがて明仁さんもそうなっていく。日本全国をまわったのは大変なことだ。だからこそ、天皇皇后になってから、震災をはじめ自然災害のあった地域に行くと同時に、戦争や災害を忘れてはならない境地へと2人は誘われていったのだ。
さらに生前退位への恒久的な道筋をつけることに、明仁さんがこだわったことも、この文脈からうかがい知れる。
かくて「記憶の王」であり、「国民に寄り添う王」であることが、「象徴学」を構成する有力な要件となる。それにしても若い2人に理解を示した明治の老人たち――教育参与の小泉信三や、初代宮内庁長官の田島道治――にしても若さの実態まで見抜いたか否か。現場であちこちに行かされる若き2人の肉体的疲労を全くわかっていないという指摘など、皇室内における思わぬズレにハッと気づかされる。そうだ、この大冊をネタに、新旧世代の生活感覚のズレを追うことも「象徴学」への理解を深めそうだ。
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いのうえ・まこと 1961年生まれのジャーナリスト。全国紙記者として皇室、歴史問題などを担当し、24年退職。著書に『天皇と葬儀』『熱風の日本史』『昭和天皇は何と戦っていたのか』『象徴天皇の旅』など。