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ラランド ニシダさん小説集「ただ君に幸あらんことを」インタビュー 「家族って、不思議な結びつき」

ラランド ニシダさん=北原千恵美撮影

救いたいけど「遠くから祈るイメージ」

――デビュー作「不器用で」の出版から、およそ1年半での2作目です。前作を出されたときは「めちゃくちゃ怖かった」とおっしゃっていましたが、今回はどうでしたか?

 もちろん、今回も恐怖心がないわけではないです。前回より一話あたりが長くなっているので、それがまず難しかったです。前作よりもクオリティーを上げたい、みたいなことも考えましたね。

――1作目からの変化は?

 どうなんでしょうね。作り方の話で言うと、プロットをちゃんと書いたんですが、「国民的未亡人」に関しては全くプロットと違うオチになったり、「ただ君に幸あらんことを」はわりとプロット通りにいったり。それが正しいのかも分からず手探りでした。どちらも回想に入ったり出たりするところをスムーズにしたいなと思って、いろんな方の作品を読んで研究したりしました。

――今作の「ただ君に幸あらんことを」。このタイトルに込めた思いは?

 自分の手で大事な人を救いたいというか、ヒーローになりたいという気持ちがずっとあったんだけど、やっぱり救えないなと気がついて、でも「ただ幸あらんことを」って、ちょっと遠いところから静かに祈っている、みたいなイメージですね。

家族は、奇跡的な偶然のチーム

――今回の2作品は「家族」がテーマになっていますが、その理由は?

 夫が誰であるかということが自分のアイデンティティーに深く絡まっていく感じが、女性の場合、特に強いような気がして。「国民的未亡人」は、芸能人と結婚された人とかを実際に見ていて、アイデンティティーのかなり深いところまで誰が旦那さんかということが関わっているように見えたので、それについて書きたいなというのが最初でした。「ただ君に幸あらんことを」は、受験とか就職に際して家庭内順位って入れ替わるよな、というところがスタートラインでしたね。

――家族についての作品は、これまでも書きたかった?

 そうですね。家族って本当に不思議な結びつきだなと思うことがあるんです。自分は両親と妹の4人家族で、「ただ君に幸あらんことを」と家族構成は全く同じなんです。家族ってドラフトで決めたわけじゃない。奇跡的にその4人になっているだけだけど、チームとしてやっていかなきゃいけないじゃないですか。両親は恋愛して結婚しているので、くっついたり離れたりもできるでしょうけど、子供の場合は両親だけが1階からエレベーターに乗ってきて、2階で俺が乗って、5階で妹が乗って、ぐらいの偶然とあんまり変わらない。そんなことに関して書きたいなと思いました。

――ニシダさんの家族観とは?

 自分はあんまり両親と仲良くないですし、もう5年ぐらい実家に帰ってないんです。ただ、両親のことを好きだと思ってなかったとしても、家族の結びつきは死なないと切れないんだろうなと思う。嫌いだとは思ってるけど、別に感謝してないわけじゃない。そんなややこしさも感じるし、逆に素晴らしいところがあるのかもしれないです。

――「国民的未亡人」は、スター俳優の夫を亡くした女性の話。どんなところを描き出したかったのでしょう?

 人って、仕事とか肩書き込みで人を見てしまっているようなところがあるよなって。

――「浮気」という言葉をきっかけに物語が急展開します。

 実際のところ、浮気をしていなかったという証拠もないし、浮気をしていてもおかしくはないんだけど、同じ人とか同じ出来事に対しても「何を信じるか」って、人によって違う気がするんです。そういう意味で、浮気の噂を聞いたタイミングは一番何も信じられない状態だけど、信じられる理由が一つ見つかるだけで信じられるようになるんだろうなと思います。

――後半の「ただ君に幸あらんことを」は、何がきっかけで生まれたのでしょうか?

 自分の経験もあるし、友達の話を聞いたりもしました。同世代の親たちの勉強とか学力に対する考え方が伝わってくるエピソードはいろいろと耳にしていて。逆に、親からすれば良い大学に行ってほしいと思うのが普通だとも思うので。そういう意味で広く刺さる話になったんじゃないかと思いますね。

――兄は妹と同じように、大学受験のとき、学歴に執着する母に苦しんできました。就職したばかりの兄は、最後にある大きな決心をします。

 親の影響下でずっと生きてきて、その間に育んだ物を「全部捨ててやりたい」みたいな気持ちになるんじゃないかなという気がして。これが妹を助ける一つの方法になるんじゃないかなと思ったんです。兄は小学4年までピアノを習っていたけど、中学受験のためにやめなきゃいけなかった。そういう経験も影響していて、この兄らしい結末なんじゃないかなと思います。

――この作品で描きたかったことは?

 妹を助けたいけど、妹からしたら母親は母親で大事な存在だし、兄妹は兄妹に過ぎない。兄がどれだけ救いたいと思っても、その通りには救えない。やっぱり自分の思い通りにはいかないってところですかね。

体温を測るように毎日書く

――ニシダさんの独特な表現描写に引き込まれました。どこから生まれるのでしょうか?

 毎回がんばってます!(笑) どうがんばっているか、は難しいんですけど、本を書くようになってから、本を読む時の着眼点は変わった気がしています。どういうタイミングで回想に入って、どういうタイミングで出て、文末表現がどうなっているのかな、とか。5人ぐらいいる場面の会話ってめっちゃ難しいけど、この作家さんはどう書いてるのかな、とか。

――芸人の仕事が忙しいと思いますが、小説はいつ書いているんですか?

 仕事から帰ってきて、夜中に書くことが多かったです。仕事がうまくいった日に書いて、次の日読んだら何も面白くなくて。「昨日の俺、馬鹿だよ」みたいなのを繰り返しましたね。意外とテンションが高い日に書いたところは面白くなかったり、テンションが低い日は「一つのシーンでこんなに長く書いてる」って思ったりとか。毎日体温を測るような感じでした。

――毎日書くんですか?

 ほぼ毎日ですね。仕事でよっぽど忙しくなければ、家に帰ってから前日に書いた分を読んで、続きを書き始めるような感じです。毎日1行だけでも、と思いながら。でも、2時間ぐらいノートの前に座って書けたのは1行って時もあるし。それでも、できるだけ毎日書くことは心がけていました。

――小説を書くことは、お笑いやコンビの活動にも生きていますか?

 どうなんでしょうね。小説を書いたからネタが書けるようになるということは別にないと思うんですけど。小説とお笑いって、やることが全然違うんです。お笑いは反射で話していることが多いですけど、小説はめちゃくちゃ考えて、3カ月悩んだものが形になったりするので、スピード感は全然違う。気づかないうちに活きていることはあるのかもしれないですけど。

――お笑いと小説。それぞれどんなことを表現していきたいですか?

 お笑いという職業は人に笑ってもらうというゴールが決まっているんですよね。めっちゃ上手くいこうがミスろうが、芸人である以上ウケれば成功だし、失敗して笑われても失敗ということにはならない。でも、小説はもうちょっと複雑な気もします。人に出す前にまず自分を納得させなきゃいけない、それがまずゴールとしてあるなと思う。そういう意味で、自分の中でのジャッジは厳しくなっているのかもしれないです。

――小説家としてのニシダさんが目指すところは?

 何度も読み返したいと思ってもらえるような作品を書けたらいいなと思います。書きたいことはまだまだあるので、引き続き書いて、ちょっとずつ上手くなったらいいなと。自分の書きたいと思ったことを読者にちゃんと届けられるように努力していきたいと思います。