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「ピアノへの旅」書評 起源にさかのぼり欠点も再認識

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月15日
ピアノへの旅 著者:坂本 龍一 出版社:アルテスパブリッシング ジャンル:音楽

ISBN: 9784865593013
発売⽇: 2024/12/28
サイズ: 18.8×12.8cm/208p

「ピアノへの旅」 [著]坂本龍一

 本書は、今は亡き坂本龍一の手がけたスコラ・シリーズの一冊として、2021年に刊行された対話集の再刊である。内容は高度だが、堅苦しい読み物ではない。坂本を中心に、フランクでやわらかい語り口のピアノ談義が続くので、読者は知的好奇心をかきたてられるうちに、自然とこの魅力あふれる楽器への展望を与えられるだろう。
 坂本によれば、ピアノの粒子状の音はすぐに「減衰」してしまうからこそ、作曲家や演奏家はそれに抗(あらが)うように「持続する音」を追い求めてきた。坂本は一貫して、メロディではなくピアノの「響き」の減衰と持続性に注目する――それも、強くてきらびやかな音ではなく、弱くて揺らぎのある音色のポテンシャルを引き出しながら。彼の愛好するミケランジェリ、ビル・エヴァンス、クルターグ夫妻らは、ピアノがその軽さや静けさにおいて、いかに表情豊かに響くかを示した演奏家なのだ。
 その半面、ピアノをはじめ鍵盤楽器は「デジタルでメカニカル」な工業製品であり、そこには限界もある。ピアノはその中性的な性格ゆえに、他のさまざまな楽器を模倣できる「多面的な媒介者」に、つまり「音楽そのもの」(E・フィッシャー)に進化したが、晩年の坂本はピアノを媒介として、むしろ鳴るか鳴らないかというぎりぎりの音へと旋回した。オン/オフのスイッチ=鍵盤を並べる機械的な世界観から抜け出たとき、音と環境ノイズはボーダーレスに混じりあうだろう。
 こうして、ピアノへの旅は、ピアノの「彼方(かなた)」への旅となる。ピアノの起源にまでさかのぼり、その響きのユニークさを欠点も含めて再認識したとき、西洋音楽の枠を超えた音そのものへの道が開かれる。本書はピアノの力を借りて、音楽の新たな〈おとずれ〉を準備する、知的で楽しいエチュード(練習曲)なのだ。同時期に出た『インタビュー:坂本龍一』も併読されたい。
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さかもと・りゅういち 1952年生まれ。78年にYMOを結成。88年、米アカデミー賞作曲賞を受賞。2023年死去。