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「死の瞬間」書評 永遠との対峙は苦痛か救いか

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月15日
死の瞬間 人はなぜ好奇心を抱くのか (朝日新書) 著者:春日 武彦 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784022952875
発売⽇: 2024/11/13
サイズ: 17.2×1.1cm/232p

「死の瞬間」 [著]春日武彦

 人はいずれ死ぬんだから死の瞬間などどうでもいいと思うが、著者は異様なまでに死に対する好奇心が強く、小説や映画の死の瞬間の場面を引用してグロテスクなまでにこれでもかと死を露出しながら、なぜか本人は不満と失望の毎日に悪態を吐(つ)く生活を送っている。
 さらに、今自分は死の瞬間の記憶がないまま死んでいて、実は煉獄(れんごく)にいるのではないか?と釈然としない気分だと言う。こんな著者の妄想は本人が医者であることと無関係ではなさそうだ。
 世界の本態を物質として見る時、肉体は死と同時に真の存在となり、ただの物質として考えられる。僕の芸術的唯心的創造とは異なる唯物論的発想のように思われるが、それはそれでよい。
 また著者は、死者になると対峙(たいじ)する永遠は「逃げ場のない、むしろ生き埋めに近い」もので「げんなりしてくる。そして気味が悪くなってくる」と。
 だけど一方、輪廻(りんね)を断ち切った不退転者は涅槃(ねはん)に入り、現世の煩悩から永遠に離脱することは仏教の最終目的として、悟性を得た魂は永遠の歓(よろこ)びを得るという救いを希求する者もいるのではないだろうか。
 さて、本書の最終章は「死と悪趣味」。死の場面において滑稽さは相応(ふさわ)しくないけれど、おかしいのだから仕方がない。僕の記憶から滑稽な死を二話紹介したい。
 大岡昇平『野火』で、南方の女性が銃で撃たれた。その瞬間、彼女はダンサーのようにクルクルクルと輪を描いて回転して死んだ。
 次に紹介する滑稽な話は実話である。高校の先生の戦地での体験談。夜間行軍は眠い。三列縦隊で行進するが、中央の隊列は左右の兵隊のサポートで眠ったまま行進する。と、その時、暗闇から敵の狙撃を受けて、先頭を進んでいた中央の兵隊の額に弾が当たった。その瞬間に彼は「まるっきり」と叫んで死んだ。当時、軍隊内で「まるっきり」という言葉が流行(はや)っていたそうだ。
    ◇
かすが・たけひこ 1951年生まれ。医学博士。産婦人科医を経て精神科医に。著書に『恐怖の正体』など。