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村田沙耶香さん「世界99」 多様な価値観、行き来できる人を見たくて

村田沙耶香さん

 多様な価値観が併存する世を生き延びるため、人はどうふるまえばいいのか。村田沙耶香さんの新刊小説「世界99」(集英社)は、一見特異にみえる資質を持つ女性の生涯を社会の変容と共に描き出し、大きな問いを投げかける。3年余にわたる連載で壮大な思考実験を繰り広げた神話的な物語だ。

 「常に人間に興味があるんです。でも、自分が気づいたり、知ったりしたことを書くよりも、箱みたいなものを作って、登場人物たちを置く。そこで何が起きるのか、顕微鏡をのぞくように眺めてみたかった」

 主人公の如月空子(きさらぎそらこ)は性格がなく無感情。幼稚園の頃から周りの人間の性質を「トレース」し、感情に「呼応」し、コミュニティーごとに人格を「分裂」させてきた。すべては「安全」かつ「楽ちん」に生きるために。

 「私自身、幼稚園時代に周りに溶け込めなくて、号泣して授業を止めたりする子供だったんですね。その頃から、変に目立たず、透明な存在として周囲に適応するにはどうすればいいかって考えていた気がします」

 世界的ベストセラーとなった「コンビニ人間」の主人公が〈世界の正常な部品〉としてふるまっていたように、空子は人格を自由に切り替え、差別や偏見が遍在する小さな街で少女時代を過ごしていく。

 空子が大人になった第二章では、適応能力にますます磨きがかかっている。地元の友人たちとつながる世界(1)、自分磨きに余念のない人々が集う世界(2)、社会課題に積極的に関わる人たちが活動している世界(3)……同じ国でありながら、考えだけでなく金銭感覚も異なる複数のコミュニティーを淡々と渡り歩く。

 「SNSを使っていると、人によって全く違うタイムラインを生きていて怖いなと思う感覚があって。空子のように、何に対しても思い入れがなく、並行して行き来できる人を見てみたかった」

 空子のいる世界では、どこをとってもかわいい不思議な生き物ピョコルンが多くの人に飼われている。本作におけるもう一つの主役ともいえる存在だ。はじめはペットに過ぎなかったピョコルンは、時とともに技術的な進化を遂げ、人類の生存に欠かせない能力を備えることになる。

 「私や父や兄が暮らしていくために、母はずっと家の中でサポートしてるような状態でした。一人の女性の人生を書くにあたって、女性が担う家庭内のことを肩代わりしてくれるような生き物を想像したんです」

 ピョコルンの存在は現代社会が抱える様々なゆがみを読者につきつける。女性とケア労働、加害と被害、「正しさ」をめぐり分断する世界。だが、ピョコルンが新たな能力を備えたことで世界の様相が変わり、物語はちょうど半ばでカタストロフを迎える。

 「連載前に考えていたのとは全然違う方向にいってしまって、実はここから物語が始まるのかもしれないと思った」と話す後半は、大半の人が優しさをたたえた社会で49歳になった空子が暮らしている。なのに本の帯には〈ディストピア大長編!〉との文字が躍る。

 「私はユートピアを書いているつもりでいても、なぜかディストピアになってしまうんです」(野波健祐)=朝日新聞2025年3月19日掲載