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「自転車」書評 対立を超え 生きるために乗る

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月22日
自転車 人類を変えた発明の200年 著者:ジョディ・ローゼン 出版社:左右社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784865284515
発売⽇: 2025/01/20
サイズ: 4×19.5cm/520p

「自転車」 [著]ジョディ・ローゼン

 500ページの熱量に探り探り読み出すと、移動手段として自転車を決定づける特徴は、動力源が乗り手であることだと書いてあった。
 自分が動力になる。体の内から思い出すのは子ども時代、手足のすり傷と引き換えに初めてすーっと自転車が進んだ時の浮遊感。親の知らない空き地へ友だちと風を切る解放感も、ペダルをこいで得たものだ。
 人びとが自転車に乗る時、社会では何が起きたか。著者は自転車200年の旅に出る。
 選ぶルートは壮大にして脇道もたっぷりだ。山国ブータンで過酷な自転車レースを開く理由、パリの運河の底に大量の自転車が沈む怪、天安門広場に集まった自転車の行方は。膨大な資料に取材を織り交ぜ、自転車の過去と今、光も影も、最後は口笛を吹くような軽妙なタッチで描き出す。
 キーワードが新旧の価値観の対立。そもそも自転車の原型が街に出た19世紀初め、馬車を邪魔するものだと各地で禁止令が出された。のちに同じ構図が、自動車との間で繰り返される。
 一方、自転車の新しさを女性たちは支持する。不道徳を夫に訴えられてもコルセット入りのスカートをブルマーにはきかえ、自分をしばる家から外へこぎ出すのだ。
 著者は西欧の目で自転車を語ることに異議がある。豊かな人が、趣味や主義という「生き方」で乗るのもいいだろう。ただ地球上には生業、「生きるため」に乗る自転車が無数に走っている。
 ニューヨークがコロナのロックダウンで静まりかえった時、感染リスクを負って食事を届ける配達員の多くは移民だった。その自転車の姿を、街のどれだけの人が見ようとしたのかと。
 コロナを契機にわき起こった自転車ブームは、歴史上最大のものだという。新たな対立を起こすのか、新しい景色が開けるか。本書を読めば、どっちが楽しいかわかる。動力は人間。行く先は自分たちで決められる。
    ◇
Jody Rosen 1969年生まれ。ジャーナリスト、著作家。「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」などに寄稿。