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「月とアマリリス」書評 人は人でゆがみも輝きもする

評者: 吉田伸子 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月22日
月とアマリリス 著者:町田 そのこ 出版社:小学館 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784093867450
発売⽇: 2025/02/27
サイズ: 13.8×19.4cm/368p

「月とアマリリス」 [著]町田そのこ

 町田さんはこれまで、〝逃れられない苦しさ〟を抱えた人たちを描いてきた。本書は、そんな町田さんにしか書けない、著者初のサスペンス小説である。凄(すご)いぞ!
 物語のヒロインは、飯塚みちる。十カ月前まで東京の出版社で週刊誌記者として働いていた彼女は、自分の〝正義〟で書いたいじめ事件の記事が、一人の少年を追い詰めてしまったことを深く悔い、逃げるように北九州の実家に出戻っていた。
 ある日、かつての仕事仲間で、別れた恋人でもある堂本宗次郎から電話が入る。北九州市内の山中で、白骨化した遺体が発見された事件について、記事を書かないか、と。初めは記者に復帰する気はない、と断ったものの、「仕事に対して、お前が一番不誠実なんじゃないか?」という宗次郎の言葉が心に残り、取材を引き受けることに。
 宗次郎の大学時代の友人で刑事の丸山や、みちるの実家の近所に暮らす、幼い頃からの顔見知りだった井口の助けを借りて、みちるは事件の真相に近づいていく。
 犯人の輪郭が少しずつ浮かび上がってくるのと同時に、胸の中にひりひりとした痛みが溜(た)まっていく。事件が起こってしまった背景にある諸々(もろもろ)が、どこか遠い他人事ではなく、自分事として切実に響いてくるのだ。自分のことを尊重してくれる人間が身近にいないまま大人になる危うさと、そこにつけ込む悪意。
 「ひとはひとで歪むんよ」。死体遺棄事件の犯人の口からこぼれたこの言葉は、傷つけられて生きてきた人間の、痛切な実感だろう。
 けれど。事件の真相を取材記事にまとめ終えたみちるは、取材中、ふと足を向け、元気をもらったストリップ劇場を再訪して気づく。「ひとはひとによって、まっすぐになることもできる。強さから輝きを分けてもらい、自分の糧として立ち上がることができる」と。
 みちるのこの想(おも)いが、一人でも多くの読者に届いて欲しい。
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まちだ・そのこ 1980年生まれ。作家。福岡県在住。『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞。『わたしの知る花』など。