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>井上新八さん「時間のデザイン」インタビュー ゲームが教えてくれた「毎日やることは続く」
井上さんが選んだ、「人生に影響を与えた本」
- マザー百科(エイプ、小学館)
- #100日チャレンジ(大塚あみ、日経BP)
- いい音がする文章(高橋久美子、ダイヤモンド社)
- 英語日記BOY(新井リオ、左右社)
- 思考の整理学(外山滋比古、ちくま文庫)
- 天才による凡人のための短歌教室(木下龍也、ナナロク社)
- 私はこうして勉強にハマった(ビリギャル本人さやか、サンクチュアリ出版)

もともと読書の習慣がなかったので、「人生に最も影響を与えた1冊」と聞かれて、そんなのないなと思っていたんですが、いろいろ考えて、これかなという本を思い出しました。『マザー百科』というゲームの攻略本です。僕の人生で衝撃を受けた、最初の一冊と言えると思います。
マザー百科はゲームの攻略本なのですが、ゲームの攻略についての情報はほぼ何も書いてありません。ゲームの画面写真すらほとんど載ってない。旅行ガイドブックの『地球の歩き方』のような本で、掲載されているのは世界のどこかの写真だったり。攻略するための本ではなくて、ゲームの世界を広げるための本になっています。中のコラムを書いている執筆陣が信じられないほど豪華だったりして、少年時代の自分に「なんだこれは!?」というすごい衝撃を与えた1冊でした。
『#100日チャレンジ』は、大学生の女性が生成AI「ChatGPT」で毎日一つアプリを作り、100日間投稿し続けるという挑戦をした本です。著者は「こんなに出来の悪いものを投稿して意味があるのか」と自問自答しながら投稿を続けるのですが、1日目に作っていたものを50日目に見たときに、1日目に作ったものがいかにだめだったかがよく分かるんですね。意味がないと思っていても続けた先には確実に変化がある。100日後にはどんな世界が見えるのだろうかと、ワクワクしながら読みました。これは僕もnoteの投稿などを続けて実感していることですが、続けることにはきちんと意味があるということを感じさせてくれる本です。
ロックバンド「チャットモンチー」の元メンバー・高橋久美子さんの『いい音がする文章』は、自分の文章のリズムや個性についての考えを紹介しています。ずっと自分の文章には特別な個性がないと思っていましたが、本を書いていて気がついたのは、ほんの少しでも編集者が手を加えると自分の文章の雰囲気がちょっと変わるということでした。実は自分の文章にも独自のリズムがあるのでは? と思っていた時に読んだので、とても共感する本でした。ページはパーツごとに色分けされていて変化があり、音や文章のリズムだけでなく視覚的にも興味深い作りになっています。

自分なりの習慣にカスタマイズして楽しむ
僕は毎日、日記を書いているのですが、『英語日記BOY』を読んでから、日記の中の数行を英語にすることを始めました。この本には「日記を英語にする」という提案があり、日記の数行やトピックを毎日英語にしていけば自分が伝えたいことを英語にできるのではと書かれています。この本のおかげで英語の習慣が続いています。AIを使えば時短ができると思って、自分なりに1日5分の習慣にカスタマイズして楽しんでいます。
本を読むことは学びの連続です。『思考の整理学』からも習慣をつくるうえでのヒントをもらいました。この本には「難しいことは朝飯前にやると楽になる」と書かれています。僕はこの本に習って、朝食の前に集中力のいることを全部終わらせる習慣をはじめました。デザインの仕事や執筆も、趣味やブログやゲームに筋トレなど、やるべきことをすべて「朝飯前」にやる習慣です。できるだけお昼までには朝食を食べたいと思っていますが、ときどき仕事が忙しいときなどは、朝ご飯を食べるのが14時になったりもします。「朝飯前」という概念は、この本から学びました。

毎日、短歌を1首つくっています。『天才による凡人のための短歌教室』を読み、短歌をやるなら毎日書く習慣にするといいというようなことが書いてあったので、その通り毎日短歌をつくる習慣を始めました。以降、2年ほどずっと毎日続けています。「短歌のスタイルをまねしたい人を見つけて、その人の作品をコピーするようにやってみるといい」というようなこともあって、「歌集を読む」それから「短歌をつくる」というセットの習慣にしています。短歌をつくるきっかけを与えてくれた一冊です。
昨年、『時間のデザイン』の原稿に行き詰まっていた時期に読んで、助けられた本があります。ビリギャル本人さやかさんの『私はこうして勉強にハマった』です。「勉強」についての本なのに、文章がとてもフランクで、語りかけるような堅苦しくない印象でした。そのとき自分の原稿に行き詰まっていたのは、「こうすべき」みたいなキッチリした「ビジネス書」を書こうとしすぎていたからだと気がづきました。「ビジネス書だってこういうふうに書いてもいいよな」と思い直して、ほぼ書き終わりに近かった原稿を全部書き直しました。恩人のような本だと思っています。
本を読むようになって、そこに書かれていることを自分の習慣に取り入れることが増えています。本に支えられてさまざまなことを始めているので、読書がとても役に立っています。

高橋歩さんと出会い、ブックデザインの道へ
――本のデザインを始めるきっかけは何ですか?
大学生のとき、アルバイト先の先輩に誘われてフリーペーパーを作り始め、初めて紙面のデザインをしました。そのフリーペーパーを、あるバーに置かせてもらいに行ったときに、その店のオーナーでサンクチュアリ出版の社長だった高橋歩さんと知り合いました。そのときに高橋さんから「本のデザインもできるんじゃないの?」と言われて、そこからのスタートですね。
――すごい縁ですね。
たまたまつながったんです。僕が作っていたフリーペーパーは学級新聞みたいなものでしたが、それを見て気に留めてくれました。本のデザインはやったことがありませんでしたが、「やってみない?」と言われて「じゃあ、やってみます」という感じで始めました。最初はデザインソフトのマニュアルを見ながら本をデザインしていました。
――大学を卒業した後は、新聞社で働いていたのですね。
フリーペーパーに記事を書いていたので、新聞社の書籍編集の部門から誘われました。本当はフリーでデザイナーをやろうと思っていたんです。新聞社はすごく忙しい職場で、夜中まで仕事をして、夜中から飲みに行って、朝に会社に帰ってきて会社で仮眠してからまた仕事をしていましたね。

独学からのスタート、偶然の縁で27年
――どうしてフリーランスに?
新聞社での仕事が一区切り付いたので退職しました。辞めた後のことは何も決めていませんでした。本のデザインは続けていたので、サンクチュアリ出版のお仕事や、あとは飲み屋で仕事をいただいていました。編集者の人と出会って話をしているうちに、雑誌のデザインを頼まれたり、ライターの仕事を任されたり。そのうちにブックデザインの仕事の依頼が増えて、いつの間にかデザイナーになった感じですね。
――今は年間200冊近くの本のデザインを手がけているとのこと。
これまでに2000冊以上デザインしてきました。現在進行中の仕事が30冊以上あります。(抱えている仕事が)30ぐらいだとちょうどいいですね。50ぐらいまできちゃうと、「これ以上受けたら危ない」と思います。仕事の量は減らしません。減ってきたら何でも受けます(笑)。
――本のデザインはどうやって学んだのですか?
完全に独学です。作りながら勉強しました。最初は本の中のデザインを任されたんですが、そのうち「表紙も井上君がやった方がいいんじゃないの?」と言われて。「じゃあ、やってみます」という感じで、表紙も担当するようになりました。最初に偶然いただいたご縁が、まさか30年近く続くとは思いませんでした。

「雑用」にどれだけ心を込めるか
――フリーランスとして働いてみて、いかがですか?
フリーランスが、自由に仕事ができるかというと、全然そんなことはないです。逆に期待に応え続けなければいけない。自由になる時間なんてどこにもありません。だから時間をデザインしないといけないんです。時間の役割を決めて、自分ですべてを割り振っていかないとコントロールできません。
そういう意味では時間をデザインしたことですごく解放されています。手を抜いてしまったら仕事はあっという間になくなるし、いつまで仕事があるだろうかという危機感もあります。生き残り戦略を考えないといけない。それは『時間のデザイン』にあるように「すぐやる」「たくさんやる」「なんでもやる」ということです。
――『時間のデザイン』には「雑用にどれだけ心を込めるか」と書いてあり、勉強になりました。
精神論みたいになりますが、仕事というのは小さなことに神が宿っていると思っています。依頼主に請求書を書くということは、僕にとっては儀式の一つです。いただいた仕事が終わったということへの感謝の儀式。請求書をきちんと書いて、お礼状を付けて送るというのが仕事の儀式になっています。そういうところは大事にしたいですね。
――すべての雑用は重要ということですか?
最後まで重要ですね。仕事の一つ一つがきちんと終わっていくという感じです。僕の場合、完成した本が送られてきて初めて仕事が終わります。一つ一つの作業には意味があるんです。

言葉にすることで考えが明確に
――井上さんは毎日1冊の本を読むのも習慣なんですね。
これまで4年以上続けています。もともとは本を読む習慣がなかったので、始めたときは本当につらかったです。読むだけだったらまだよかったのですが、読んだ本の内容を毎日X(旧Twitter)に投稿し始めてからが本当にきつくて、「おまえ、そんなことも知らないの?」と思われるんじゃないかと思うと、投稿するのが嫌でした。だけど4年間やり続けて、本を読むのもXに投稿するのも楽になりましたね。習慣が身について当たり前になりました。
――読書を習慣にしたいという人は井上さんのようにするといいでしょうか?
やめたほうがいいです。きついですから(笑)。1日5分ずつぐらいからでいいと思います。毎日本を読む習慣を絶やさないことの方が大事です。僕はまず1週間やってみて、それができたので4年続きました。やっぱり続けることです。
――井上さんはnoteやXで発信されています。井上さんにとって文章を書くことにはどういう意味がありますか?
noteやXを始める前は自分の中にある考えが何なのかわからず、ずっとモヤモヤしたものがありました。この5年ぐらい、それを言葉にし続けたら、はっきりした形になったような気がします。いろいろなことを言語化するようになって「これをやろうとしていたんだ!」ということが、ようやく説明できるようになってきました。文章を書くことが、すべてに意味を与えている気がします。
インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、井上新八さんのインタビューを音声でお聴きいただけます。
