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「酒場とコロナ」書評 私たちの日常はかつてと同じか

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2025年03月29日
酒場とコロナ: あのとき酒場に何が起きたのか 著者:大竹聡 出版社:本の雑誌社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784860114978
発売⽇: 2025/02/28
サイズ: 12.8×18.8cm/320p

「酒場とコロナ」 [著]大竹聡

 足掛け4年に及んだ書評委員の任期を終える。最後にこの本を選んだのは、委員が集まり、誰がどの本を書くのかを話し合う会合もコロナの全面的な影響を受けたからだ。私が着任した頃、対面は難しく、たまにオンラインで開かれたが、本を直に手に取りたい私はできるだけ会場に足を運んだ。他の委員とは入れ違いにマスク越しに挨拶(あいさつ)する程度だった。
 それが飲食とどう関わるのかというと、委員会では食事が出る。その際にかわすなにげない会話は選書や執筆に影響を与える。むろん委員会本体でもそういうやりとりはあるが、食事を共にするというのはまた違うのだ。それができなくなった。加えてコロナの前は終了後、いわゆる二次会が開かれ、そこでの会話は輪をかけて貴重なものであった。
 コロナで生じた「酒を出せない酒場」という冗談のような状態が、決して短くないあいだ続いた余波は、そんなところにも影を落としていた。これは酒場に出入りする側の問題だが、では酒を出す側=お店はこの時期をどのように捉えていたのか。著者はコロナの最中に様々な業態の酒場を訪ね、今の苦境をどう捉えているか、いかにしのいでいるか、見通しはあるか、といった問いを投げかけた。
 受け応(こた)えは様々だ。が、共通する点がある。「酒場」は、呼ばれる通りには酒や肴(さかな)を提供するだけの場ではなかった。なによりお店とお客、お客とお客とのあいだで生じるコミュニケーションの機会であった。そこでのやりとりが、集った人たちに及ぼす少なからぬ影響については、先に具体的に触れた。本書の終盤では、コロナが収束したとされる現在から過去を振り返り、酒場のこれからを考えるパートが設けられている。
 私たちが取り戻したと思う日常は、果たしてかつてと同じなのか。回復の代償に失ったものはなにか。コロナは決して「明けて」いない。
    ◇
おおたけ・さとし 1963年生まれ。出版社などを経てフリーライターに。2002年にミニコミ誌「酒とつまみ」創刊に携わる。