人気集めるモキュメンタリーホラーが進化、個性際立つ3冊
雑誌の記事やネットの投稿など、実際にありそうな文章を組み合わせることで、高いリアリティを演出するモキュメンタリーホラー。近年ではその手法が一般化し、「モキュメンタリーを使って何を表現するのか」が問われるようになってきた。
たとえば結末で明かされる真相の意外性で驚かせてくれるのが、斉砂波人『堕ちた儀式の記録』(KADOKAWA)である。大学で民俗学を研究している「僕」は、「ノミコ数珠回し」という珍しい儀式を現地調査するため、東北地方の山村に向かった。ノミコ数珠回しは輪になった村人たちが、長い数珠をじゃらじゃらと回す伝統的な儀式で、天の龍神に捧げられるものだという。
その調査と並行して、空から石や魚などが降ってくる「ファフロツキーズ」と呼ばれる超常現象、旧約聖書に記されたマナと呼ばれる食べ物、雨を降らせる龍の伝説などに関する解説パートがいくつも挿入される。これらはいわば推理のための手がかりだ。世界中で頻発している奇妙な現象と、山村で伝えられている儀式が重なる時、そこにおぞましい事実が浮かび上がる。
作品後半では僕の恋人で、大学で蝶の研究をしている「私」が、四国の山中で黒い蝶を追う姿が描かれる。その集落には古くから「オハチ」と呼ばれる霊能者が存在していた。興味を抱いて、オハチの歴史について調べ始めた私は、山に潜むあるものの存在に突き当たる。
東北と四国、それぞれの土地で秘かに守り伝えられてきた儀式とその背後にいる“何か”を、パズルのような構成で描いたモキュメンタリーホラー連作。断片的な情報から人知を超えたものの存在が見えてくるというスケールの大きい恐怖は、アメリカンホラーの巨匠H・P・ラヴクラフトの世界を彷彿とさせる部分もあり、古典怪奇小説好きをも唸らせる。伝奇小説やSF小説が好きな人にもおすすめしたい一冊だ。
『身から出た闇』(角川ホラー文庫)はデビュー作『火喰鳥を、喰う』の映画公開が控えているホラー界の新鋭・原浩の短編集。5つの短編の前後に、この作品が生まれるにいたった経緯が、担当編集者との打ち合わせ風景を交えて記されており、ノンフィクションの読み味も漂う。つまりモキュメンタリーと短編集のハイブリッドともいえる試みだ。
まず強調しておきたいのは、収録作品のクオリティの高さ。2分以内に写真の投稿を求められるアプリにはまった高校生たちが、正体不明のアカウントに戦慄する「トゥルージー」、橋の下から異界のものが手招く「裏の橋を渡る」、死を予告する落書きが町のあちこちに出現する「らくがき」、老いた母が呟いていた数字が過去の悲劇を明らかにする「828の1」。いずれもアイデアとストリーテリングが光る好短編で、現代的な恐怖を存分に味わわせてくれる。怖くて面白いモダンホラーの逸品ぞろいなのだ。
その一方で、編集部とのやり取りはなんとも不穏。作者の担当編集者たちは心身の調子を崩したり、突然会社を辞めたりしてしまうが、それは収録作の内容と関係しているらしい。「『籠の中』執筆に関わる一連の出来事」は、編集者との打ち合わせによってエレベーターの怪異を扱った短編「籠の中」の内容が徐々に変化していくという実験的な作品で、フィクションと現実の危うい関係が示唆される。
恐るべき真相が明らかになるのは「終章」。角川ホラー文庫というレーベル自体を丸ごと取り込んだギミックは、モキュメンタリーの結末としてかなり大胆。もっともこの文庫の長年の愛読者なら、恐怖よりも嬉しさを感じてしまうかもしれない。
いま書店のホラーコーナーで、ひときわ目を惹く一冊が、知念実希人の『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』(双葉社)だ。理由はそのユニークな造本にある。手のひらにすっぽり収まるスマホサイズで、カバーには割れたスマホの画面。通常の書籍についている「帯」や「あらすじ」もなく、ちょっと見ると誰かのスマホが棚に置かれているようなのだ。
ストーリーは大学オカルト研究会OBでライターをしている八重樫という男から、都市伝説の取材を依頼された主人公が、「ドウメキの街」と呼ばれるゴーストタウンに足を踏み入れ、恐怖に見舞われるというもの。本は左綴じで、見開きの左ページには横書きで本文が、右ページには主人公のスマホの画面が、ストーリーと連動して掲載されている。たとえばドウメキの街の情報を得るために検索したSNSやニュースサイト、取材に向かうために表示したマップ、不気味な街の写真を収めたフォルダなどの画像が、臨場感をいやおうなく高めてくれる。私たちの生活に欠かせないスマホは、持ち主の恐怖心を画像として記録するツールでもあるのだ。
人気ミステリ作家が手がけたホラーらしく、ラストにはあっと驚く結末が待ち受けるが、その衝撃もスマホ画面を使った仕掛けによっていっそう強まっている。スマホと読書は相性が悪いと言われるが、本書では両者が共存し、絶妙な効果をあげているのだ。
ちなみに本書は作者が9月に刊行する『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』(双葉社)とも密接な関わりを持つという。こうした仕掛けも含めて、徹底して「体験すること」にことにこだわった作品だ。この本を手にした人は誰しも、傍観者ではなく事件の当事者にされてしまう。現実を侵食するモキュメンタリーの手法の、ひとつの極点ともいえる試みだろう。文庫本より安い税込み499円という価格設定にも、一人でも多くの人を巻き込みたいという作者と出版社の意図が込められているはずだ。