舛友雄大さん「潤日 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う」インタビュー 外から変える力になるか

「潤(ルン)」はコロナ禍以降、中国ではやり始めた隠語だ。儲(もう)けるという意味を持つが、発音のローマ字表記が「run」なので、英語の「逃げる」という意味をかけている。より良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。「潤日」なら、目的地は日本である。
2年半にわたって、彼らを追い続けた。100人は下らない。「中国を知る鉱脈を掘り当てた気分です」。タワマン、進学塾、地方の高校や観光地――。留学生や企業幹部、投資家、書店主にも会った。階層ごとに分かれて暮らす中国人コミュニティーを訪ね歩くうち、「潤日」社会の輪郭がつながっていく。
「主な目的は、財産の保全、子供の教育、言論の自由。隣国の日本は円安も手伝って、他の先進国よりコスパも良く、好まれている」
一部の人は身元が分かりそうな情報をそぎ落とした。「中国社会に潜む悪意から守るためです。『敵』である日本で満足していれば嫉妬され、苦労していれば嘲笑される」。ひどいネットリンチにはともに怒り、泣く。生身の人間に向き合い、関係を広げた。
1985年福岡生まれ。米カリフォルニア大学大学院で中国と世界の関係を学び、北京の経済メディアで記者を4年ほど務めた。ただ、習近平(シーチンピン)政権下で言論の引き締めが強まり、「政治も経済も社会も勢いを失い、中国内での活動がつまらなくなった」。シンガポールでの研究を経て拠点を日本に移した時、「潤日」に出会う。中国熱が再燃した。
2022年秋、東京・新宿駅前。中国のゼロコロナ政策への抗議が日本にも広がり、中国人たちが「封鎖よりも自由を」と声を上げていた。「政治的な発言を避ける人たちなのに、何が起きているのか」。気づくと、旧知の知識人たちも続々と移り住んでいた。
「日本は、変動する中国社会のフロントライン。豊かで高い教育を受けた中国人の大移動は、日本や世界に何をもたらすのか。母国を外から変える力になりうるのか」
「潤日」を追う旅にゴールはない。(文・吉岡桂子 写真・葛谷晋吾)=朝日新聞2025年4月26日掲載