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藤井一至「土と生命の46億年史」 日常から生命史を読み解く

 46億年の歴史を物語るのに、台所や道路、田んぼが登場するところが著者の真骨頂といえよう。

 土の研究者が生命史を語る意義は「スコップで変化の証拠を見せられるところにある」そうだ。土の奥深さに好奇心が刺激される。

 地上がまだ岩石砂漠だった数億年前と似た環境、生きものに過酷な舗装道路でみられる地衣類は太古の営みの再現という。火山や熱水噴出孔などで見つかる特殊な細菌は台所のシンクの鉄さびのまわりでも発見される。鉄が酸化するエネルギーを使って空気中から養分を得る細菌で、その死骸はやがて土になる。

 家庭の水回りや歯垢(しこう)の「ぬめり」、田んぼの土に見える黒色やオレンジ色の斑点の意味を教えられると、じっと観察したくなる。

 『サピエンス全史』『銃・病原菌・鉄』のように壮大な人類史の読み解きとは違う興奮、日常と生命史が結びつく高揚感がある。持ち前のユーモアで力を抜いた科学的な解説も読者を引きつけるのだろう。

 生命史を考察することは、現代文明のゆくえを考えることにつながる。

 地球では新参者の人類が、あっという間に繁栄と破滅のリスクに直面するという問いを解くカギは土にあるという。豊かな土壌のある場所で繁栄してきた人類は、土をフルに活用しながらも、現代の科学でも土を作り出せない悩みを抱えてきたからだ。

 著者は河合隼雄学芸賞など、著書や研究で数々の受賞歴から「藤井七冠」と称する注目の学者。今年、森林総合研究所を退職して、福島国際研究教育機構に移った。これまでの人工土壌研究が最も役立ちそうな原発事故の被災地だ。

 本書の最後に、事故後の土壌調査で気付いた水田が持つ力、土に秘められた希望が語られる。新天地での研究や著作も楽しみだ。

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 講談社ブルーバックス・1320円。24年12月刊、5刷4万部。担当編集者は「専門的な話でもユニークなたとえを交えた説明が絶妙。幅広い情報が詰まっているので、地学から環境問題まで様々な関心から読まれています」という。=朝日新聞2025年5月10日掲載