
ISBN: 9784622097549
発売⽇: 2025/03/19
サイズ: 19.4×2.7cm/416p
「競争なきアメリカ」 [著]トマ・フィリポン
一頃まで、アメリカ経済に対する見方は、称賛であれ、批判であれ、その市場が非常に競争的であることを前提にしていたように思う。だが、本書によれば、米国経済はもはや競争的ではなく、少数の企業によって市場が支配されているのが現状だという。
ただ、業界のリーディング企業が効率的な経営を実行した結果として、市場支配が進むこともある。九〇年代の小売業におけるウォルマートのように。しかし、二〇〇〇年代以降に見られる米国市場の寡占化はそれとは異なるものだという。企業合併が容易に認められるようになったことで寡占化が進んだ市場では、物価は他国と比較しても高くなった。企業の利益は増す一方で、投資は減り、生産性も下がっている。なんと予定調和なストーリーだろうか。著者は、パズルのピースを埋めるように、このストーリーを完成させるエビデンスを提示していく。
それでは、なぜ米国の競争政策は弱くなったのか。著者は、その理由の一端を、ロビー活動の増加や政治献金の巨額化に求める。そう推察するだけならこれまでもされてきたことだが、レント・シーキング(企業による政治への働きかけ)が実際に効果を上げていたことを明らかにしている点が本書の光るところだ。
米国の惨状は、欧州と比較されることで際立つ。もともとEUは米国のような自由市場を志向していたこともあるが、他国が規制当局に介入することを国同士で牽制(けんせい)し合った結果として、EUの反トラスト規制機関は政治からの独立性が高くなったという。いまや欧州の規制は減り、起業にかかる日数も米国並みに短くなっている。
著者は、GAFAMといった巨大IT企業に対して辛辣(しんらつ)だ。米国経済の「規模の経済性」は決して増しておらず、彼らの巨大化をネットワーク効果(利用者の多さが利便性を高める効果)によって正当化することには懐疑的だ。結局、GAFAMはこれまで解体されてきたような巨大企業と本質的な違いはないという。雇用や生産性に対する波及効果は(アマゾンを除けば)従来よりもむしろ少ないことを問題視する。
米国に世界中から創造的な起業家が集まるのは、勝者総取りが認められるからだとしたら、あるいは巨大企業に買収されることが目的なのだとしたら、複雑な気分になる。
本書の原題を直訳すれば、「大いなる逆行」といったところだろうか。自ら書いた教科書に逆行するかのような進路を取っているのが、現在の米国の姿だ。今後の日本を占う上でも示唆に満ちた一冊だ。
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Thomas Philippon ニューヨーク大教授。仏エコール・ポリテクニークを経て、マサチューセッツ工科大で博士号取得。マクロ経済やコーポレートファイナンス、ビジネスサイクル、失業など研究。