
ISBN: 9784163919737
発売⽇: 2025/04/23
サイズ: 15.1×21.1cm/296p
「ジジイの昭和絵日記」 [著]沢野ひとし
時代を生きるとはどういうことなのか。戦後80年、そして昭和100年を迎えた今、これまで時代との関わりなどを意識していなかったのに、何だか気になる。そんな時、『ジジイの昭和絵日記』と出会った。
手に取るや、あっという間に読んでしまった。ジジイの時代認識は、各ページの下に必ず描かれた〝絵〟とシンクロしており、〝絵〟からいつの話か読み解くこともできる。建物や家の全景があれば、人々の集まりや居酒屋の風物詩もある。行ったことがなくても、あそこかな、と想像力を刺激するように、〝絵〟の表情は実に豊かだ。
戦後は平和だったという沢野さんの述懐には、昭和という時代があの戦争の被害からいかに立ち直っていったかという〝戦後賛歌〟の文脈でとらえようとする意図が感じられる。沢野さんは家族と地域を大事にして生きたらしい。だから、ジジイ日記は時として彼の敬愛してやまぬ兄の人生日記となり、時として東京や千葉各地の興亡日記となり、男女さまざまな人間がからんでくる。
60年安保・東京オリンピック・羽田闘争・革新都政・デモと続く場面の絵日記は、とりわけ躍動的だ。沢野さんも、それをとりまく東京も、何とも熱かった時代である。
巻末を占める満洲絵日記は、僕にはジンときた。ジジイは満洲移民の歴史から、戦後に満洲にはまった。僕の父は、戦前の満洲・大連で生まれ育った。日中戦争前に帰国した父は、戦後の日中和平後も絶対に満洲に還(かえ)ることはなかった。それでも大連の様子はよく語った。ジジイの大連日記はその話とダブって、僕と父との記憶を新たにしてくれた。記憶の共有とは何とも奇妙な気分である。
ジジイの表というか、裏というか、左翼系の学者になって、平成の終焉(しゅうえん)を待たずに亡くなった兄は、やはりもう1人のジジイとして沢野さんの昭和を確固たる時代にしているのだった。
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さわの・ひとし 1944年生まれ。イラストレーター、エッセイスト。「本の雑誌」で表紙を担当。著書に『ジジイの台所』など。