
生まれては消え、意のままにならない運や人気に翻弄(ほんろう)されるアイドルたち。崇拝されることもあれば、憎悪の対象にもなる。櫻木みわさんの小説「アカシアの朝」(小学館)は、そんな光と影をはらんだK―POPの世界を高い解像度で描き出す。
主人公は、「ダンスが大好きな気持ちは誰にも負けない」陽奈(ひな)。オーディションに合格して韓国に渡り、注目の新人グループとしてデビューを果たす。厳しいダイエットと過酷な練習に追われる陽奈と仲間を励まし、やがて悩ませるのが、ファンや世間から向けられる「何千、何万もの鏡の反射」のような目線だ。その鏡に映し出される自身の姿は、本物なのか、フェイクなのか――。
「実はK―POPにはあまり詳しくなかった」という櫻木さん。葛藤しながらもアイドルとして生き抜こうとする陽奈の物語を描くため、アイドル練習生から街角で会ったおばあさんまで、日韓の多くの人に取材したり、映像を見たりしてリサーチを重ねたという。
「いまのアイドルがこんなに正しさを求められるのは、国家や社会が不正で未熟だからじゃないですか」
自身の疑問が投影されているのが、ある登場人物が口にするこんな言葉だ。
各地で政治家たちが堂々と差別発言をし、SNSでは身も蓋(ふた)もない欲望や悪意が目に入る。「私たちは今、底の抜けた世界に生きている。その中でK―POPアイドルは人間としての理想的な姿勢、精神性を目指し、体現しようとしているようにみえる」と櫻木さん。そんなアイドルは生身の、若い人間であるのに、偶像化され「神」の役割までも負わされようとしているのではないか。物語はそうも問いかける。
ある挫折を経験した陽奈は、それでも「偶像に人間の自分を宿らせることも、きっとできる」と思い、「本物のアイドル」を目指そうと決意する。その姿が尊くも、切ない。(守真弓)=朝日新聞2025年6月4日掲載
