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「両膝を怪我したわたしの聖女」書評 分厚い雲と少女二人の悪童ぶり

評者: 青山七恵 / 朝⽇新聞掲載:2025年07月05日
両膝を怪我したわたしの聖女 著者:アンドレア・アブレウ 出版社:国書刊行会 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784336077714
発売⽇: 2025/05/16
サイズ: 18.8×2.3cm/208p

「両膝を怪我したわたしの聖女」 [著]アンドレア・アブレウ

 舞台はスペインの最南カナリア諸島、主人公は島の山の中腹の地区に暮らす二人の少女……と来て、のどかな自然のなかで繰り広げられる友情物語を想像すると痛い目を見る。大人たちに都合のいい、無垢(むく)なる子どもは本作には一人も登場しない。そんな大人の身勝手な願望は、ページを開くなり語り手「わたし」と親友イソラの汚物まみれのスニーカーで思いきり蹴っ飛ばされるだろう。でも、こんな乱暴な女の子二人組の物語を私はずっと読みたかった。
 「どこか欠けた怪物みたいな家」が並ぶ貧しい地区で、退屈な夏休みを共に過ごす「わたし」とイソラ。発育が良く大胆なイソラはどの方面の好奇心も旺盛で、酒でも犬のエサでも何でも試すし、チャットで大人の男をその気にさせて爆笑したりもする。そんなイソラを羨(うらや)みつつ、「わたし」はイソラを食べてイソラをうんちしてイソラになりたい、と願うまでに彼女を激しく崇拝している。語りは口語体、かつ原書には著者の出身地テネリフェ島の方言がふんだんに使われているそうで、「わたし」の幼い欲望がうねりにうねって爆発する場面は圧巻。剝(む)き出しの感情の濁流に体ごと持っていかれそうになる。
 絶えず危なっかしく動き回る二つの肉体と対照的なのが、この地区の空だ。そこはいつも分厚い灰色の雲に覆われて、太陽は見えない。地域特有の気候がもたらす押し返しきれない閉塞(へいそく)感のなかで、二人はひたすら遠い海を渇望する。笑えるほど突き抜けた悪童っぷりも、分厚い雲の存在感が増すごとに痛切な悲しみの色を帯びてくる。
 物語の最後に射(さ)す光の余韻のなかでふと、この雲のせいで終始地面には映らなかった二人の影のことを思った。運命がいくら二人を引き離そうとしても、二つの影はきっといつまでもくっつきあっている。少女時代は失われたのではない、目では捉えきれないものに姿を変えただけだ、そう信じたくなる。
    ◇
Andrea Abreu 1995年生まれ。作家・詩人。2020年に発表した本書はスペインでベストセラーとなり、18言語に翻訳される。