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「コロナ対策の政策評価」書評 科学的助言への事後検証と洞察

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2025年07月26日
コロナ対策の政策評価:日本は合理的に対応したのか(現代経済解説シリーズ) 著者:岩本康志 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784766430387
発売⽇: 2025/06/19
サイズ: 19×3.5cm/280p

「コロナ対策の政策評価」 [著]岩本康志

 コロナ禍では、未知のウイルスを前に政府も暗中模索で対策を続けていた。だからといって、それらの対策が事後的に検証されなくてよいわけではない。本書は、コロナ禍の際に行われた多くの施策の中でも要となった感染抑制策を経済学者が批判的に検討したものだ。
 「接触8割削減」の根拠となった西浦博・京都大学教授による感染症数理モデルについては、一部には、わが国のEBPM(科学的根拠に基づいた政策)の実現において画期的だったと評価する向きもあるようだ。だが、著者によれば、この数理モデルによる助言には数々の問題があり、接触を8割削減しなくても新規感染者数を目標通りに抑制できていた可能性が高い。一方で、「接触」の定義を曖昧(あいまい)にしたまま中間目標に据えていたために、新規感染者数が想定通りに減少しなければ一般市民の努力が足りないことにされかねない危険性もあった。この辺り、著者の追及には鬼気迫るものがある。
 だが、著者の経済学者としての真骨頂が発揮されるのは、効果と費用の観点から対策の合理性を問う第Ⅱ部だろう。その考え方の基本は、コロナ対策は、それによって救える命の数が、同じ費用を他の施策に使って救える命の数よりも多い場合に正当化されるというものだ。鮮やかな検証過程は本書を読んでもらうしかないが、結論だけを言えば、コロナ対策はその効果にははるかに見合わないほどの巨額の費用を投じていた。感染症の専門家には、対策の費用を軽く見積もる傾向があったようだ。「費用度外視で対策をすることが科学的とは言えない」という著者の言葉は重い。当時の対策は、高齢者の命を救う代わりに若者の日常を奪う費用については考慮に入れていなかったという指摘も洞察に富む。
 本書によって、我々はコロナ対策に関する最高水準の政策評価を手にした。次のパンデミックの際には、もはや同じ轍(てつ)を踏むことは許されない。
    ◇
いわもと・やすし 1961年生まれ。東京大教授(公共経済学)。本書が初の単著。共著に『健康政策の経済分析』など。